歪な花のかたち

 なにか自分の中にある感情を外に出そうとするとき、空いた空白に詰めるなにかが必要で、それは空の様子でも花のかたちでもなんでもいいのだけれど、空いた隙間から崩れていってしまうのは一瞬だから、言えないでいる、なにも、手放してしまったあとの空白を埋めるためのなにかがみつけらないまま、夏が終わって、また、君は文学的に透明になっていくんだろうか、それくらいに繋ぎ止めている何かはぎりぎりで、誰かの世界に足を踏み入れてしまえるだけの余裕がない、ずっと、知られてしまわなければわたしの世界はわたしの中で完結するものだと思っていたけれど、追いかけていたい君が透けてしまった今、わたしの中をどれだけどれだけ走り回っても君の袖を掴んでかわいく上目遣いをすることができないから、かわいいわたしがなくなっちゃうよ、君にだけ見せていたかわいいが、行き場をなくして外に出ちゃったらどうしよう、君じゃない他の誰かに見せてしまったりしたらどうしよう、ほんとうは、かわいいに傷つけられているんだって、気づかれてしまったらどうしよう、ね、見慣れた光景にも空白がおちて、ぐらぐらな心がむき出しになる、けれどそのための言葉にはあまりにも不十分だとわかっているから、あえて言わないを選んでいく、きょうは満月で、夜の空がよく見えるから、すこしだけ恥ずかしい気持ち、薄れていく感情だけが本物だとしたら、きっとわたしたちみんな偽物で、だって在るでしょう、明日も、同じ呼吸で同じ瞳のまま、きっと在るでしょう、きっとね。

 あなたがわからなくなってしまいました、でもそれは、無理矢理過ごしてしまったふたりの、盲目になりきれない結果であって、この浮遊を止めるだけの、確かな出来事にのみ縋っている惨めな姿がぽつりと、空白のふりをして横たわっている、もう何もしないでいようねって、そうやって肯定にもならないような言い訳をふたりして頷きあって、それで天井が滲んだりしないのならもうこれ以上は望まないよ、だから、このままがずっと続くなんて思っていないけど、できることなら次の終わりで最後にしたい、そうでなきゃ、わたしがまたわたしを見失ってしまうから、また、わたしを裏切ってしまうから、そうだね、君には一度、わたしの行い全てを否定してほしい、こんなの嘘だけど、他の誰でもない君がいちばんにわたしを否定してくれたのなら、こんな日々にもやっと背を向けられるような気がして、またひとつ夏を嫌いになる、空が明るくなった頃、わたしは小さく小さくなって、世界に見つからないように布団に潜り込む度に、ふわふわの白い重みに押しつぶされて、隠しきれないほど溢れている、目の前、思い出せない表情と、液晶画面の明るさに照らされた歪な記憶、きらきらした瞳の奥には、いつも冷静でいる君がいるから、俯瞰しているようで、ひとつに夢中になることを恐れているわたしたちが、終わりだけを先延ばしにして目を瞑るんだね、そうやって、嘘をつくほど自分の首が締まっていくのに、悪いことをしているのに誰も見てくれないから、誰も本気で叱って目を見つめてくれる人がいないから、どこまで行ってもひとりぼっちだから、結局、わたしがわたしを抱きしめて、強くしすぎてあざになっちゃったりして、そうやって迎えていく朝の寂しさが誰のものにもならないうちに、心から空っぽなからだを願って、慎重に言葉を重ねていく、気だるげな暑さが遠のいた頃、なにか変われているんだろうか、ただ丁寧に、自分をこの世界に置いておくだけのことが、まっすぐな眼差しで遂行できているのだろうか、また歪な夏が、今年も終わろうとしている。


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