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夏のせいで生きられない

愛したつもりに息が詰まるような季節ですね、思ったとしても言ってはいけない言葉があるそうで、浴槽で溺れたふりをしていた少女がもう少女ではなくなった頃、行く宛てもなく電車に揺られている正午に想像するような透明度は存在しなかったけれど、それでもなんでもない光景が、夏の暑さってだけで被害者ぶれるから、僕ら、無理に狂ったりしなくても手軽に感傷に浸れていた、毎朝決まった時間に目が覚めて、夢の中の存在が消失する瞬間の痛みを誰にも打ち明けることなく生きていれば、順番に季節がすり減って、そのうち空気も足りなくなるかなって、思ってしまっただけです、無理に許されたいとか思ってない、知らない駅で流れている知らない曲でさえ嫌になるのだから、わざとあけた間隔に過剰な意味が含まれていく度に、空っぽになりたいと、またひとつ嘘をついてしまうね、いちどぜんぶ忘れよう、愛されたいとか認められたいとかそういうのぜんぶ忘れよう、丁寧に揺られていれば、本当は大嫌いなあの子のこと、ちゃんと嫌いになれるから、きっとそうだよ、嘘をつかないやさしさも、嘘をつくやさしさも、どちらも正義だと言うのならにんげんなんてやめてしまいたい、袖を通した重みにまた、きらめきに隠れた淀みを想像してしまう、打ちつけられている、振動が、無意味だとわかっていても意味を求めてしまうのは、真っ直ぐ見つめられた瞳から目を逸らしてしまうのは、やっぱり僕らには被害的な思考が足りない、夏の暑さにも慣れてきた頃、全てを犠牲にして生きていてもいいと思うよ、生きてさえいればいいは嘘だけど、好きなことをしたらいいと思うよ、世界が変わっても変わらなくても、僕らには夏という言い訳がある、夏のせいで生きられないはずの僕らが、夏のせいにして生きている。

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