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花が上手く結べない

わざと落としたスプーンの反射に、今日はじめての光をみた、すごく些細な傾斜にも、自分だけが気づいてしまえるような、そしてそのことに全神経を奪われてしまって、大切な人の前で小さくしゃがみこんでしまうような、あからさまに、声のボリュームが小さく変わる、寄り添いの振りをした、抵抗かなにか、太陽が、ほんの少しだけくすぐったくて、まだ幼い夏を、できるだけ傷つけないように布越しに触れている、こんなの慣れてないのにさ、あなたとわたしとの間の絡まりが、まるでそれが正しいことだと言い張るように瞳の奥を覗き込まれて、もうこれ以上近づけないよ、もうこれ以上、わたしをあなたに見せられないよ、冷たい夕暮れの風に、前髪が乱されることですら寂しさに引きずり込んでいく、季節の手前のざわつきが、細胞と細胞とを震わせあって、褪せるのはまだ揺るがない足元、緑が生きている影、いのちが終わってしまったような気がして、偏光パールの艷めく頬の高いところだけ、この時間から切り離されているみたい、どうせいつか崩れるのなら、こんな気持ちの夜がいい、いつかの思い出は、波にさらわれたまま戻らないから、よかった、破けたレースの隙間から漏れだしたざらつきが、わたしをどこまでもどこまでも覆い隠してしまうような気がしたの、ねぇ、あなたの指先が、明日、わたしのところまで届いてしまって、それでもう全部終わりなら、ネイルの剥がれた爪先でもまだ、咲き損ねた花を抱き寄せられたかな、あのね、胸がいっぱいで、なんでかな、明日を忘れさせてください、まだなにも、知らないままで、もう一度あなたに出会いたい、まだなにも知らないふたりで、もう一度はじめから花を結び直したい。


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