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夏を人質にして

だんだんと鈍くなってきた感覚が夜が夏が取り戻されていく、感情に酔ってしまうから無関心でいなければなりません、わたしがわたしでなければなんで泣いているのかがわからなくなってしまう、ただ空を上手く見上げられないだけでどうしてこんなにも弱くなってしまったのでしょうか、つっかえつっかえの声で、あまりにも窮屈な存在を伝えました、伝えましたが、死んでしまいました、もう夜は明けないのでしょうか。

夏の予感ごとかっさらって心中してしまえればいい、あの日夢の中で殺した自分の存在をなかったことにするただひとつの洗脳が夏であれば、着信拒否で世界との絶縁ができていた、はずだった、夢見がちな僕らの未熟さも、もう若さってだけでは許されない年齢が近づいていて、寂しいと会いたいのあいだに横たわるよくわかんない感情に浸かったまま、なにもかもに意味を持たせようと必死だった十代を終えようとしている、その頃は自殺配信が特別美しいもののように思えた、世界から断絶された高層ビルは、そこに映るセーラー服だけは孤独のふりをした僕らの唯一の味方であって、永遠に解けない呪いが可視化されていく中、誕生していく泡ぶくを眺めていることしか出来ない自分の無力さがとてもよく実感できるから良かった、満たされるということに対する欲求はそこまで強くなかったような気がしている、そんな気がしているだけかもしれない、ある程度不幸の方がなにかと都合のいいことに、おそらくあの頃の僕らは既に気がついていたよね、信じたくないものまで信じようとするのはそれが正しさであると知っていたから、もう僕には、正しい帰路に戻ることでしかこの感情の罰し方が思いつかない、過去が過去であることをそろそろ認めないといけないことも、逃げ方が分からないといって逃げることから逃げていることも、指先の震えを寒さのせいにしてしまえるような感覚で知らないふりを続けていられたら良かった、ほんとうに、こんなに照らされた場所では声も上げられなくなってしまう、車窓に描かれていく点線をなぞることにもちゃんと意味があったのに、それと同じくらい、幸せを幸せとわかった上で目を瞑ったあの頃の僕も、やっぱり抱きしめられるべきだったと思うんです、とか、適当な理由をつけて、誰かに抱きしめられてもいい確かな証が欲しいだけ、寂しいだけだよ、にんげんなんて、症状と関係の無い市販薬を買い貯めるのはもう辞めました、パニックになって空の薬瓶を割っても片付けてくれるひとはいなくて、あたりまえだけど、薄れていく呼吸の中で必死に伸ばした手に触れるのは、無機質な冷たさの先端だけで、そんなのわかっているのに、胸が苦しくなる度に、探してしまう体温があります、よく晴れた日の、全てを見透かされているような日差しが、炭酸の抜けていく音が、踏切の点滅が、ローファーの靴音が、空を飛ぶ鳥の羽音が、揺れる水面が、ひとが、こわい、ね、水中でも目を閉じられないような僕らが、このまま夏に溺れていく運命なら、きっと、まだ知らない煌めきと、まだ知らない絶望と、まだ届かないはずの清涼を想って、何度目かの夢を忘れるためにまた眠る、ひどく寂しいなって、そんなもんだよ、そんなもんでしか生きてらんないから、遠く遠く、できるだけ遠く、世界の縁に近い場所、これ以上影の伸びない場所で、僕は、一番最後の征服者になろうと思う、最後の夏に、しようと思う。


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