見出し画像

稔 第10回|電車で足を組むことについて

このマガジン「稔」は、父・稔が退職時に半生を振り返ったエッセイです。執筆時期は2013年、57歳。
これまでの稔

電車の中で足を組んでいる人がいる。すごく気になる。1人おきぐらいに座っているようなガラガラ状態なら、まだ許せる。隣に座って足を組まれると、一言言ってやろうか、組んだ足が私のズボンに触ったらどうしてくれるのか、いや、むしろズボンに触ってから注意したほうが説得力があるのではないかと悩み、とてもでないがゆっくりとした気分でうたた寝などできたものではない。

12、3年前、一家してグアムに行った。ここで我が家の家族構成を説明させていただく。連れ合いは私より3歳年下。長男、長女、次女、三女の順に子供4人。昭和59年、62年、平成2年、5年と、正確に3年ピッチで子供が生まれた。この原稿を書いているときに末っ子が20歳になった。その子が生まれたとき、私は38歳だった。連れ合いは女性の多い職場で産休や育休を取る事情から、出産予定希望のようなものを職場の上司や同僚に事前にそれとなくアピールする必要がある。それにしても、例えば来年の8月ぐらいに出産したいと考え、ほぼピタリと実行するのは大したものであると、共同作業ではあるが自画自賛している。

次に、私と連れ合いの干支について述べるが、この内容から家庭生活の優劣についても想像してほしい。昭和30年生まれの私の干支は羊、昭和33年生まれの連れ合いは犬。先日テレビを見ていたら、羊の群れを上手に移動させる羊飼いの助手として犬が活躍していた。犬は群れから飛び出した羊に激しく吠え、吠えられた羊は恐れ慄き、慌てて群れに帰る。羊にとって犬は怖いのである。怖いのか、うるさいのか、よくわからないが。

話はグアム旅行に戻る。高校生になっていた長男は、これ幸いと留守番を買って出た。この年頃は親と旅行なんてという考えが強いようだ。くれぐれも警察のご厄介になるような事はしないよう注意を与える。よって、旅行参加者は夫婦と中学生の長女以下3人の娘の5名だ。

往路の飛行機の中で、その非礼な足組が起きた。私の座席の隣に座った若者が席に着いた途端に足を組んできた。それも、靴底を私の方に向けて。エコノミーシートのあの狭い所で人に向かって足を組むか? その男はグループ旅行で1人だけ座席が離れたようで、通路を挟んだ仲間と何やら大きな声で騒いでいる。若者といっても20代後半か30代前半で、野球の新庄さんの若い頃に似たイケメンである。私は「一言言うべきだ。いや待て、グアムまで3時間ぐらいあるので気まずい時間が長くなる」「足を5dm動かしてわざとズボンを靴を接触させようか」などと逡巡した。結局、飛行機が離陸してその男は足組をやめたので、私も安心してうたた寝を始めた。しかし、飛行機のあの狭いシートで足を組む神経が理解できないと思った。

それから数年後のことである。地下鉄南北線に最寄駅の王子神谷から乗った。車内はほぼ満席、吊革に捉まって立っている人もちらほらいる。途中から3組の親子連れが乗ってきた。そのうち1組が、母親と小学校高学年ぐらいのサッカーをやっていると思われる少年だ。私、子供、その母親の順に座っている。子供が足組を始めた。右足を左足の上に乗せている。子供の足は短く、上から見ると、数字の4の形で右足の靴底は私のほうに向いている。私のズボンと少年の右足の靴底の距離は3cmくらいである。私は、
「電車、込んでるから、足を組むのやめようね」
と優しく諭した。それから5分くらい経過し、このガキ(以下、少年をガキという)はまた足を組み始めた。私は、足を3cmだけガニ股にして、わざと少年の足と私のズボンを接触させた。
「ほら、ズボンに触ったじゃないか。足組むのをやめろとさっき言っただろう」
ガキは、足組をやめた。ガキの母親は終始、黙ったまま知らんぷりだった。母親も「すいません」ぐらい言うもんだろう……。

それから2、3年後、今から5年前ぐらいのこと。今度は、我が家の長女である。長女と一緒に電車に乗る機会があった。当時大学生の長女が、王子神谷から後楽園あたりに用事があったので、珍しく2人で地下鉄南北線に乗った。すると長女が足を組み始めた。
私「足組むの、やめなさい。他の人に迷惑がかかるでしょう」
長女「大丈夫。迷惑がかからないように足組むから」

長女は身長178cmでモデルをやっていたことがある。足が長い。長女は、組んでいた右足をさらに左足の後ろのほうへ回した。右足が左足をほぼ1回転して巻きついたような形である。
「うーーーん。まあ、いいか、、、、」

ここから先は

0字

500円

1955年生まれの父・稔が半生を振り返って綴り、娘の私が編集して公開していくエッセイです。執筆時期は2013年、57歳でした。

読んでくださってありがとうございます!