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校長室通信HAPPINESS ~人によって見える景色は違います…

「認知のズレ」は「見えている景色の違い」が原因

 子どもたちにサッカーを指導しているときの話です。その日の練習のテーマは簡単に言うと、「フリーの仲間にパスをする」でした。子どもにとっては簡単なテーマではありませんが、2対1や3対2のような、数的有利な練習を繰り返していくうちにだんだんとできる子が増えてきました。だいぶできるようになったので、ゲームをしてみることにしました。私としては、このゲームの中で、子どもたちがフリーの仲間にどんどんパスを出すことを期待していたのですが、残念なことに、私の期待に応えるようなプレーはあまり見られませんでした。

 おそらく子どもたちは、ゲームの楽しさで頭がいっぱいになり、練習のテーマなんて吹っ飛んじゃったんだなあ……とそのときは思いました。


 「指導されたことをやろうとしない子どもたち」…血気盛んな若い頃なら、「自分が言ったことをやろうとしない=意識が低い、生意気、態度が悪い…」とどんどん想像を膨らませて、最後には「さっき教わったことをちゃんとやれ!」と怒鳴りちらかしていたと思います。
 そんなふうに感情的にならないようにするために、今は子どもたちに「何を考えてプレーしていたのか」をまず聞くことにしています。ゲームが終わって集まってきた子どもたちに「ゲームの中でフリーの人にパスが出せた人?」と聞いてみました。
 すると驚いたことに、ほとんどの子が「よくできた」とか「まあまあできた」と言うのです。「まるでできていない」と落ち込む指導者を尻目に、「けっこうできた」と満足している子どもたち…どうしてこんな「ズレ」が生じるのでしょうか。
 理由は簡単です。「指導者と子どもが見えている景色が違う」からです。見えている景色が違うのだから、当然「認知」することも違ってきます。
 実はこのような「ズレ」は、「コーチと選手」に限らず、人と人の間には必ず生じる自然なことなのです。それなのに、「あいつは全然オレの言っていることが分かっていない!」と、認知のズレを「相手側」のせいにして怒ることは愚行です。ましてや人を教える立場の人は、自分の力量不足、指導力不足を人のせいにしているのですから、教わる側はいい迷惑です。
 

「認知のズレ」が起こる原因は「脳」にあった!

 実はこのような「認知のズレ」は、相手の性格や態度の問題ではなく、「脳のしくみ」によって引き起こされるものなのです。
 ざっと言って、脳には「視覚タイプ」「聴覚タイプ」「触覚、嗅覚などの体感覚タイプ」の3つがあります。
 「視覚タイプ」の人は脳の中に映像が浮かびます。だから説明するときは、デモンストレーションや絵、図などを使うのが効果的です。
 「聴覚タイプ」は音声が浮かぶので、わかりやすい言葉で丁寧に説明していくのがいいでしょう。
 「体感覚タイプ」は匂いや香り、味、自分の実体験で感じたことが浮かびます。説明はできるだけ簡単に終えて、たっぷりと実体験を積ませるほうがよく理解します。
 同じものを見ていても、タイプの違う人では見えている景色が全く違ってしまうことがあります。だから上記のサッカー指導の場面では、様々な脳のタイプの子がいるということを意識しながら、説明の仕方に工夫を加える必要があったのです。言葉やデモンストレーションでまず説明し、それでも理解できない子には、手取り足取りでその子と一緒に動きながら伝えていく…というくらいの手間は最低限必要です。間違っても「1回の説明ですべての子が分かる」なんて思ってはいけません。大人が良く言う、「何回言ったらわかるんだ!」を実際に証明した心理学者がいて、正解は「500回」だったそうです。子どもは500回説明を聞いて、やっとわかる…それくらいの根気と覚悟が必要です。
 
 さらに認知のズレは、人が持っている特性によっても生じてしまいます。
 例えば「右利き」と「左利き」。人間の脳は右側に見えるものより左側に見えるものを重視しがちで、左利きの人はその逆になります。だから右目が優しそう、左目が冷たそうな人と対面した時、右利きと左利きではその人の印象が「冷たそうな人」と「優しそうな人」と違ってしまいます。
 また「男女」でも認知のズレは生じます。一般的に女性のほうが男性より記憶力がいいとされています。これは女性ホルモンに含まれるエストロゲンが、脳の中で記憶を司る「海馬」と「偏桃体」という機能に刺激を与えて活性化されるためです。だから旦那がすっかり忘れていても、奥さんが「あなた、私の二十歳のときの誕生プレゼント、忘れてたよね」と、昔のエピソードをよく覚えているのはこのためです。しかも偏桃体の働きでその時の怒りの感情まで記憶に残っているので大変です。夫婦げんかが起こるのは必然ですよね。

 こんなふうに様々な理由で、「他人とは見えている景色が違うんだ」ということを認識しておくだけでも、人間同士のトラブルによるストレスに強くなれるかもしれません。とりわけ自分の言っていることが子どもに通じず、いつもイライラを募らせている指導者や親、教師にとっては、このことで心の安静を保つことができるかもしれませんよ。

「認知のズレ」を修正するためのコミュニケーション

 
 こんな「認知のズレ」を解消するためにはどうしたらいいのでしょうか。そのために必要なのが「コミュニケーション」です。行動の遅い子、指導が通じない子は、大人に逆らっているのでも、反抗しているのでもありません。大人と見えている景色が違うだけなのです。
 そのことを踏まえて、大人から「今何が聞こえた?」「何が見える?」「今みんなは何をしようとしている?」と言葉で問いかけ、その子が見えている景色を一緒に共有してあげようとする……まずは、そんなことから始めていければ、子どもを成長させることができるかもしれません。

※参考文献  「なぜあなたの思っていることは相手に伝わらないのか」 西 剛志   アスコム

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