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#2 自動販売機までの道のり

午後3時頃、僕は100円を持って家を出た。自動販売機のジュースを買うためだ。健康に気を付けて歩こうなんて考えは全くない。自宅から50メートルも離れていないし、初めてその自販機を使ったとかそんな特別な気持ちがあったわけでもない。何かをする気力が微塵も湧かず、むしゃくしゃする時、僕はジュースを飲みながら考えようと少しでもすべきことを先延ばしにする癖がある。それが今回は自販機まで歩いてジュースを買うという行動だった。そのため、どの種類のジュースを買うのかということなんて何も考えていない。

100円をポケットに入れた僕は、自分の部屋から出ると一階につながる14段の階段を降り、自宅の玄関まで歩いた。今日は日曜日であるが、家には誰もいないようだった。

玄関の扉を開けると、新しい一歩を踏み出した青年のように、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。なんてことはまるでなく、いつもの風景が広がっていた。というか、そんなことはわざわざ意識して見ていない。気温は1月ということもあり少し肌寒かった。だからといって、部屋に戻ってジャンパーを取りに戻ろうという生気は微塵も無く、とりあえず一歩を踏み出した。

5歩ほど歩くと、自動販売機まで行くだけの僕に邪魔をするように風が吹いた。そこで僕はあることに気づいた。寒さを冬のせいにしていたが、僕は全身を空虚なグレーの薄いパジャマで身を包んでいたのだ。思わずポケットに手を入れ、残りの道を寒さに耐えながら歩いた。今話題の女優がコンビニにパジャマで歩くところを目撃された姿なら様になるが、僕は、学校でも家でも強がり、いつも周りにどう思われているのか考えて生きてきたちっぽけな人間だ。

自動販売機まではきっと一分ほどしかかからなかったが、寒さが時間を引き延ばしているように感じた。いつから佇んでいるのかわからない、赤い箱をちらりと見て、ポケットに手を伸ばした。その手の先に触れた百円玉を取り出し、それを自動販売機に入れた。正直どのジュースでもよくチェリオのメロンクリームソーダを買った。(チェリオというのは自販機のメーカーの名前で、百円の飲み物もあったりする。僕が百円を持って家を出たのはそのためだ。)

帰りの足を一歩出す前に、僕はペットボトルのふたを開けることにした。赤ちゃんの目の前に、食べ物を置いたら食べられてしまうように、僕にとってジュースとはそんな存在なのだ。一口飲み、満足して、歩き出した。

その後、自分の部屋でジュースを一時間ほどして飲み切ったが、なんのやる気も出ず、作業といえる作業を始めたのは午後の9時を超えたごろだった。

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