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「すべての人にビューティの素晴らしさを伝えたい」 | MRメイクシミュレーター「COLOR MACHINE」開発ストーリー 【株式会社コーセー】

こんにちは!テクニカルディレクターが集まり、テクニカルディレクションを提供するベースドラムのテックプロマネ、鳴海です。
私は趣味として美容がとてもとてもすごく好きです。
美容業界では最新のテクノロジーが様々なかたちでサービス・プロダクト化されています。そんな日々成長する美容テックについて発信したい!と思い、noteに向かって筆を取りました。
今回は株式会社コーセーに取材協力をいただき、MRメイクシミュレーションコンテンツ「COLOR MACHINE」を実際に体験させていただいた上で、プロジェクトを構想し技術開発を担った同社の研究員である大石郁さんから開発にまつわるお話をお伺いしてきました!

大石郁
2015年に株式会社コーセー入社、メイク製品研究室所属。メイクアイテムの製剤化研究開発に従事し、製剤の基礎研究から商品開発までを幅広く担当。その後、新規素材・製剤・コンテンツ開発に従事し、MRメイクシミュレーションシステムCOLOR MACHINEの開発を担当。

株式会社コーセー
コーセーは1946年の創業以来、化粧品を中心とする美の創造企業として事業を展開している。「英知」と「感性」の高次元の融合による独自の美しい価値と文化の創造を理念として掲げ、同社ならではの伝統と革新を原動力として、未来を築いている。

「COLOR MACHINE」の開発ストーリー

研究員の大石さんにインタビューをしました

鳴海:近年デジタル技術を活用したコンテンツやサービスが急速に開発・普及している背景がありますが、実際の人間の顔に施すメイクアップという分野に関しては、デジタル技術を用いたコンテンツ事例はまだ少ない印象を受けています。メイクアップとプロジェクションマッピングを組み合わせるという「COLOR MACHINE」は、どのようなきっかけで誕生したのですか。

大石:もちろん化粧品の会社なので「プロジェクションマッピングコンテンツを作りたい」といった目標がはじめからあったわけではありません。個人の個性や多様性が重視される時代に、「ひとりひとりの個性をどうやったら引き出せるか?」といった課題を持ったのがきっかけでした。
コーセーの研究所が特に注力している分野のひとつに「光」があります。例えば、肌で反射する光の色パターンをファンデーションで制御することで対人印象を変えられるという研究などですね。こうした光に関する技術研究をリサーチしている中で、東京工業大学の渡辺義浩先生の研究室が取り組んでいる高速プロジェクションマッピングの研究がヒットし、何かメイクに応用できるんじゃないかと思いました。

鳴海:渡辺研究室の技術を見つけてから、どのような経緯で共同研究が実現したのですか。

大石:2019年の11月頃に渡辺先生が参加されているシンポジウムに足を運んではじめてご挨拶しました。実際に共同研究をすることが決まったのが2020年の4月からで、「COLOR MACHINE」は2022年にローンチしました。
立ち上げから2年というスピードです。我々もこうした新しい技術と組み合わせたコンテンツがどこまで受け入れられるかわからなかったので、とにかくお客様に早く体験してもらい、フィードバックを受けながらアップデートしていくのが良いのではないかという方針がありました。

鳴海:デジタルテクノロジー分野を研究する渡辺研究室に所属するメンバーと、化粧品やメイクを研究するコーセーのメンバーが集まったプロジェクトになったかと思うのですが、全くの異業種メンバーで組んだチームという点にも興味があります。メンバー規模や構成はどのくらいでしたか。

大石:実は驚くほど少なくて、直接このプロジェクトに関わったコーセーの研究員は4人だけです。ほかには渡辺先生と、渡辺研究室に所属している学生が1人の合計6名です。この6人で開発から、BC(ビューティーコンサルタント)を介在させて運用するというサービス提案までやりました。

鳴海:開発だけでなく、その先の体験の部分まで手掛けられたのですね。

大石:手段としてARやVRもあったと思うのですが、自分の実際の顔で体感できるということはビューティの文脈ではすごく大切です。また、コーセーは研究開発力だけでなく、BCのスキルも強みとしています。自分の実際の顔で体験できるリアルとデジタルの融合を重視したMR(Mixed Reality)にすることBCを介在させることの2点を重視した体験設計をしました。

鳴海:インタビューの前に私も実際に体験させていただいたのですが、はじめは「COLOR MACHINE」のコンテンツ空間にワクワクしていましたが、BCさんと相談しながらメイクデザインを決める過程でBCさんの提案力に次第に引き込まれました。搭載された技術が素晴らしいのはもちろんですが、コンテンツとして独立したものではなく、BCさんのパフォーマンスを発揮できるようなツールだと感じました。

大石:開発初期は全自動化も考えてはいたのですが、お客様の納得を得られないのではないかという懸念と、BCの皆さんの素晴らしい提案スキルをもっと活用できるようにしたいという思いがありました。例えば、いくつもメイクを自分で試してみたいというお客様にとっては実際のメイクではお時間がどうしても限られてしまいます。そこにこの技術があれば、短時間でいくつものメイクパターンをご提案させていただくことができ、お客様の納得感を高めることができます。また、開発当時はコロナが流行っていた影響で、BCが全くタッチアップを行えないという状況があり、そうした課題を解決したいという思いが強くありました。

BCのカウンセリングを受けながらCOLOR MACHINEを体験している様子

鳴海:2年間で開発されたというお話がありましたが、ざっくりどのような段階を経て実用化までたどり着いたのですか? 

大石:計画やフェーズ分けのようなものは明確にはなかったです。できる限り早くというのが、言い換えれば計画方針でした。その中で、まず最初はメイクを光で表現する技術を開発しました。アイシャドウやチークのパーツ作成、ぼかしかたなどですね。また、追従マッピングという技術は大学の研究室ではTシャツなどに投影していたのであまり気にならなかったのですが、投影先が顔になった途端に追従速度が足りず、投影されたメイクに違和感が生じるケースが多く、速度を上げる技術開発も必要でした。
こうした要素技術がかたちになった段階で「COLOR MACHINE」をMaison KOSÉのビューティアトラクションの体験として取り入れることを社内に提案しました。その後Maison KOSÉの施設担当者の方だったり、体験としてかたちにするためにUI/UXやデザインを担当する方々だったり、いろいろな方の手が加わりました。

鳴海:他にはどんな方と連携しながらアップデートなどをされたのですか。

大石:メイクシミュレーションは一度調整しただけでは自然には見えなくて、弊社のメイクアップアーティストやBCと何度も話し合って最適な設定を探しました。体験できるメイクのカテゴリに「春・夏・秋・冬」というパターンがあったと思うのですが、このデザインもメイクアップアーティストがつくり、自社製品で実際のメイクとして再現するならどのアイテムが良いかといったピックアップなども行いました。この辺りは人の手が介在する必要がありました。この調整フェーズはローンチの3日前くらいまで妥協せずに取り組みました。

メイクパターンを「春夏秋冬」の4パターンから選ぶ様子
COLOR MACHINEで実際の顔にメイクシミュレーションをしている様子

鳴海:2022年8月にローンチして、そこから1年と数ヶ月が経ちましたね。お客様の反応はいかがですか。

大石:公開当時はコロナの感染がかなり拡大していた時期で、どんな結果になるだろうと思っていましたが、ローンチから今までありがたいことに満枠で予約が埋まっています。実際に体験いただいたお客様からは、「これまで挑戦できなかった色も意外と似あうことが分かった」「新しい自分に出会えた」といった好評をいただいております。短期間でのローンチでしたが、メンテナンスをしながら現在まで問題なく稼働しています。

鳴海:普段はメイクアイテムをつくる上での研究をされている方々が、課題解決のためにテクノロジーを取り入れ、企画から開発、実用化までを鮮やかに達成した成功事例と言えますね。

大石:研究員としてメイク製品をつくり続けてきた私たちには、「多くの商品がある中で我々が手塩にかけてつくった製品をお客様に届けるために、このままつくっているだけではいけない」といった一種の危機感があります。テクノロジーをいかにリアルと融合させてお客様にコスメを届けたり、ビューティの素晴らしさを伝えられるかということを考えた結果生まれたコンテンツですね。「どうやってやり遂げたか?」という質問をよくいただくのですが、「熱意で実現したプロジェクトです」と回答しています。

鳴海:2年間で開発どころか体験まで仕上げられたのは本当に素晴らしい成果だなと感じます。実際に体験していた時も、「痒いところに手が届く」という気づきが多かったです。全身鏡があることでファッションとのバランスも確認でき、顔を寄りで見る鏡との距離も最適でした。

大石:まさに鏡ひとつの配置も本当にこだわって決めました。お客様が自分を綺麗に見える距離に調整したり、少し鏡を上向きにした方が盛れるよねとか、表情が映えるようなライティングも設定しています。
空間デザインだけでなく、体験に影響する部分の技術開発にも細心の注意を払いました。同じ光でも白いスクリーンに当てた場合と人の肌に当てた場合では異なる見え方になります。その課題を解決するために独自の色補正式を作りました。「COLOR MACHINE」は、はじめ私たち日本人の肌に合うアジア人向けの色補正設定をしていましたが、IFSCC(「第33回 国際化粧品技術者会連盟学術大会」)発表時には、どんなスキントーンの方にも肌の反射特性から適切な色を投影出来る補正式が完成しました。

鳴海:スキントーンごとにチューニングするのではなく、どんなスキントーンにも適応できる補正式があるのですか。

大石:私たちは以前から光に関する研究を続けていて、スキントーンを特徴別に大別すると6つに分類できるという研究成果を発表しています。分光反射率という肌の特性に着目した研究成果です。その6つの分類それぞれに色のついた光を当てた時、どのような色に見えるのかを計算した色補正式を作りました。さまざまなスキントーンの方に体験していただいた時も満足度の高いMRメイクシミュレーションをすることができました。

鳴海:米国で開催されている世界最大級の電子機器見本市「CES」に出展した際の写真を拝見すると、Maison KOSÉで体験できるメイクデザインとは異なるようですね。

「CES」で海外の方に体験いただいている様子

大石:CESで出展をすることが決まったとき、弊社のメイクアップアーティストに海外のトレンドも取り入れた新しいメイクデザインを考案してもらいました。「COLOR MACHINE」はシミュレーションできるメイクデザインをアップデートすることができます。一般の方向けだけでなく、ショービジネスの世界での展開も視野に入れ、メイクの枠を超えた派手なデザインも持って行きました。

鳴海:メイクはトレンドが変わるのがとても早いので、こうしてデザインをアップデートできる汎用性が高いシステムなのは素晴らしいですね。

大石:プロジェクションマッピングの良いところはワンタッチで誰でも簡単に試すことができ、そのデザインを簡単に入れ替えられるところですね。

誰もがメイクを楽しむことができるように

鳴海:プロジェクションマッピングだとBCの方にタッチアップしていただかないので、短時間に何度もいろいろなメイクを試すことができ、肌に負担をかけることがないのも魅力だなと思いました。

大石:「COLOR MACHINE」は普段はメイクをしない男性の方からもメイクを試しやすいという声をいただいています。男性の方が体験しても違和感がないという評価をいただいたり、カップルでお越しいただいて楽しんでいただいたりといったケースもありました。

鳴海:今後の「COLOR MACHINE」の展望をお伺いしても良いですか。

大石:現状はまだ日本で日本人やアジアの方に体験いただく場合が多いのですが、いずれは世界中のあらゆる年代のあらゆるスキントーンの方にも楽しんでもらえるようになったらいいなと思っています。弊社では3Gといって、グローバル(Global)・ジェンダー(Gender)・ジェネレーション(Generation)という「お客さまづくり」のキーワードを掲げていて、誰にでもビューティの素晴らしさを届けられるような取り組みに力を入れています。「なかなかメイクに挑戦できない」「新しい自分に出会いたい」。そういった思いを持っている方の背中を押し、楽しんでいただけるものを提案していきたいです。

鳴海:どんな方でも受け取ることができるものづくりがコーセーの精神なんですね。

テクノロジーが美容体験をブーストする

鳴海:デジタルテクノロジーの成熟に伴って、テクノロジーを活用した美容体験やプロダクトが今後増えて行くことが予想されます。ビューティテックや美容テックが広まることで、美容業界にどんな影響があると思われますか。

大石:デジタルテクノロジーにはいいところがたくさんあって、活用することで今まで届けられなかった層に届けることができたり、美容やメイクに挑戦することや楽しむことができなかった人にスマホひとつでサービスを提供できたりといったさまざまな魅力があります。デジタルテクノロジーは、まずお客様にビューティを知ってもらうこと、楽しんでもらうこと、身近に感じていただくことが実現できるツールだと考えています。
企業の立場だと、たくさんのお客様にサービスを広く届けることができる手段だと思いますし、データの解析などを行うことでより深くお客様を知れるのがいいところだと思います。

鳴海:本日はインタビューにご協力いただきありがとうございました!

最後に

「COLOR MACHINE」は、誰もがメイクで新しい自分を知ることを叶えてくれる

この取材記事を書いている私自身、今ではメイクや美容を楽しめるようになりましたが、初めてこれからメイクをするぞという当時は何から始めていいのか全くわからず、たくさんの失敗を繰り返したり、似合わないと決めつけて新しいメイクを試すことを躊躇していたりする時期が長くありました。
人の顔の数だけ、なりたい自分のイメージの数だけ、メイクアイテムの数だけの組み合わせと表現方法があります。メイクの方法やコスメアイテムをSNSやYouTubeでいくらでも調べることができる時代ですが、実際に自分の顔で試してみて「ワクワクする」「自分が好きになれる」といったポジティブな気持ちになる瞬間を超えるメイク体験はないように思います。もし私がメイクをはじめた当時「COLOR MACHINE」を体験できたら、もっと早い段階でメイクの楽しさに気づくことができただろうなという気持ちになりました。
「COLOR MACHINE」は自分に似合うメイクだけでなく、今までの自分だったら挑戦できなかったメイクで新しい自分に出会える新体験のビューティアトラクションです。
また、「COLOR MACHINE」プロジェクトチームが掲げている「誰もがビューティを楽しむことができるように」という想いが実現することで、メイクや自己表現に挑戦したいけどできなかったたくさんの人の背中を押すことができるようになると思います。

メイクは単に外見を整えたり美しく見せるだけの機能にとどまらず、その結果自分を好きになったり新しいことに挑戦する勇気が湧いたり、自分から見える世界を変えてしまうほどのパワーを持つものです。
コーセーが3G(グローバル(Global)・ジェンダー(Gender)・ジェネレーション(Generation))に取り組むことで生まれるこれからのコンテンツやサービスがとても楽しみです。

取材・執筆 鳴海侑希
撮影・校正 磯崎智恵美

BASSDRUMとは

BASSDRUMは、テクニカルディレクターが中心に集まった組織です。さまざまなものづくりに関するプロジェクトにおいて、コアメンバーとして参画し、技術的な側面から寄与していくテクニカルディレクターに質問・相談がありましたら hello@bassdrum.org までお問い合わせください。https://bassdrum.org/ja/

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