「グラマフェマス」 第3話 鉄板焼きと冒涜溶岩

 冒涜者との戦いに呼び出され、天使は黒くひび割れた地面に降り立つ。黒い山のふもとのようだった。

「おーい。天使さん、こちらです」

 ザフキエルは山道の途中でふわふわ浮いていた。すぐそばにかなり背の高い、腕組みした人間が立っている。全身鎧を着ていて、面頬付きの兜を被っており、顔が見えない。

「……八華天使やつかてんしです」
万随院言葉ばんずいいんことばだ。よろしく頼む」

 天使は曖昧に頷いた。
(そういやあたし人見知りするんだった。すっかり忘れてた)
「言葉さんと二人で、この溶岩洞の中にいる冒涜者を駆逐してください。お気をつけて」
「分かった。行こう、八華さん」

 言葉は先んじて歩き始める。
 洞窟は意外に広く、あちこち穴が開いていて外光を取り込んでいた。先を行っていた言葉がさっと手を出し、天使を押しとどめる。

「少し胸が悪くなる光景だ」
「……めちゃくちゃ今更でしょ」

 通路を登った先は、溶岩で縁どられた円舞台のようになっていた。中央に祭壇が置かれており、その周りに多数の逆十字が刺さっている。全身を焼かれたのだろう、炭火した人間達が逆さ磔にされていた。

「冒涜者め」

 言葉が吐き捨てた。天使はもう慣れていたが、胸の中にもやもやが渦巻いた。 
 天使達は慎重に祭壇まで進み……屈みこんでいる男を見つけた。

「おい」

 こちらを振り向いた男の顔面は、溶岩でできていた。全身が一気に溶け、溶岩の怪人へと変身する。

「こいつが冒涜者か!」

 言葉は両拳を突き合わせた。ビカリと拳が光り、合わせた部分に十字の印が出る。
 素早く突き出されたパンチは、冒涜者の顔面に当たった……が、冒涜者の頭は粘度の低い溶岩になっていて、水を殴ったように拳を受け流した。

「チッ! 効果無し!」

 天使は冒涜狩りを抜き、敵の首元へ素早く斬りつけた。が、冒涜者は頭全体を瞬時に硬化させ、岩石へと変える。

「なにっ!?」

 ガツンと剣が弾かれ、天使は素早く距離を取った。敵の拳が岩石に変わっており、危険な速さで目の前を通り過ぎる。

「その頭、今なら砕けそうだな!」

 言葉が背後に周り、硬化した頭を狙って左フックを放つ。冒涜者の頭はまた瞬時に溶岩に変わり、言葉の左手を飲み込んだ。じゅっ、と恐ろしい音がした。

「ぐっ!」
「万随院さん!」

 言葉はすぐさま手をひっこめたが、手甲は真っ黒に焦げている。天使は慌てて彼女の背中を引っ張り、かろうじて岩石の攻撃を躱した。

「くそッ!」
「油断した……まさか、体質を変えるとは」

 冒涜者は挑発するように、ぶんぶんと腕を振り回している。

「ザフキエルの野郎、冒涜狩りに斬れない者はないとか言っといて……」

 ハッと、天使は気づいた。打撃の時は溶岩になるのに、剣撃の時は岩石化する。それすなわち、溶岩状態の時なら、冒涜狩りで斬れるということなのでは? 逆もまた然りだ。

「万随院さん、あたしの剣をヤツに突き刺して、硬化させます。剣が抜けないように抑えておくので、その間に殴ってください」
「いいアイデアだが、それだと君が攻撃を受けるぞ!」

 冒涜者の攻撃を躱しつつ、二人は向かい合った。

「あたし、死ぬのは慣れてます」
「おい!」

 天使は瞬時に距離を詰め、剣を敵の顔面に突き刺す。敵は顔面を岩石化していたが、天使は力を込めて押し込み続けた。足元の溶岩がどんどんと天使を飲み込みはじめ、身体を燃やし始める。

「ぐあっ! ば、万随院さん! 今だ!」

 脚から炎があがり、手の岩石で頭を殴りつけられ、激痛が走る。それでも天使は剣を抜かなかった。

「わかった! 冒涜者、覚悟!」

 言葉が飛びかかり、冒涜狩りの柄の先端を殴りつける。ガツンと音がして、冒涜者の顔面は粉々に砕けた。

「八華さん!」

 すぐさま敵から引きはがされたが、もう遅かった。溶岩は足から天使の腹まで上がってきており、天使はすでにこと切れていた。

──

 天使が目を覚ますと、大きなベッドに寝かされていた。冒涜者に燃やされてから記憶がない。起き上がろうとすると、目の前のドアが開いた。

「目が覚めたか、八華さん」

 髪をポニテにした美人が、にこりと笑った。

「えーと……あなたは? ここは?」
「私だよ、万随院言葉だ。トレーニング中だったので、こんな格好で失礼する。ここは私の自宅だ」

 スポーツブラにランパンを履いている彼女の身体は、とても筋肉質だった。腹筋はくっきりと割れているし、太腿も太く筋が浮き出ている。胸が目立つほど大きく、天使は目をこする。

「ここ、ホテルですか?」
「自宅だ。正確には、このビル自体が私の持ち物だ」
「え!?」

 天使は窓を見る。軽く50階以上はありそうな高層ビルだ。

「八華さんが生き返った後目を覚まさなかったので、私の自宅に送ってもらった。少し、話をしたかったから」

 言葉はキラキラした瞳で笑っている。天使が起き上がろうとすると、腹がぐう、と鳴った。

「……すみません」
「ちょうど夕食時だ。美味しい鉄板焼きをご馳走しよう」
「いいんですか?」
「もちろんだ。今日は君に助けられた」

 言葉が着替えるのを待って奥へ案内されると、広々としたキッチンに女性コックがいて、会釈してきた。アイランドキッチンの一部が鉄板焼きグリルになっており、お店のように椅子が並んでいる。

「すご……自分の家に、コックさん呼ぶんですね」
「外食だとナンパがうるさいし、出前は以前配達してきた者が連絡先を置いていったので、二度と使わないと決めた」
「……万随院さん美人だし、大変ですね」

 フフ、と言葉は頬を染めている。

「ありがとう。広川さん、いつものコースを」

 広川と呼ばれたコックは、真っ二つに切られた伊勢海老と、サシの入った牛ステーキを焼き始める。

「神戸牛のシャトー・ブリアンと、伊勢海老のグリルです。お好みのソースでどうぞ」

 三つに分かれた皿に、コックさんが岩塩やら特製ソースやらを注いでくれた。

「このビルも、やっぱりあのカードで?」
「もちろん。このビルだけでなく、私はこの国を買うつもりだ。その足がかりとして、あのカードで無尽蔵の富を得て、戦うと決めた」
「国を……買う?」

 聞き慣れない台詞に、天使は耳を疑った。

「子供の頃からこの世界が大嫌いだった。なので、この国を金で買って何もかも変えてやろうと思っている。天使さんも、なにか目的があってカードを?」
「あたしは……ただ単に、贅沢して、美味しいご飯が食べたくて」
「食事か。正直、私には分からない感覚だ。私は普段鶏肉とブロッコリーしか食べない」
「あ、身体鍛えてる人ってそうするって聞きますけど。今日は大丈夫なんですか?」
「私は赤身のステーキを、ソース無しで食べるから大丈夫」

 いろいろとすごい人だな、と天使は思った。生活も思想も身体つきも天使と違いすぎる。でも、家にコックを呼んだり、鉄板焼きグリル付きのキッチンはいいな、と思った。

 コックさんはステーキをミディアムレアまで焼いて素早く切り、天使の前に「どうぞ」と寄せてくれる。
 (箸で切れる……)
 肉質は柔らかく、輝くばかりの肉汁が滴っていた。ジャポネソースにつけて口に運ぶと、甘い肉の脂と、焼けた肉の心地いい感触が口中を満たす。

「うわ……うま~い」
「フフ、喜んでくれてなにより。ビールはどうかな? 飲めないのなら、別のも用意できる」
「いえ……ビール、好きです」

 キッチンにビールサーバーまで設置されており、コックさんが生ビールを渡してくれた。
 炭酸とビールの苦味が、脂っこい口の中を洗い流してくれる。
 これならいくらでも入るよ……と、今度は焼きたての伊勢海老にマヨネーズをつけ、かぶりついた。海鮮の塩味に、歯ごたえのあるエビの肉とマヨネーズが脳を焼く。

「美味しい……最高」
「ガーリックライスはいかがですか?」
「お願いします!」

 即答してしまった。コックさんはさっそく湯気の立つ白米を鉄板に広げ、肉汁と混ぜニンニクチップを散らした。食欲を刺激するニンニクの焼ける匂いが充満する。焼き野菜をいくつかとアワビに牡蠣、さらにもう一枚ステーキを焼いてもらい、ガーリックライスも綺麗にいただいた。

「あー……満足……」

 ビールも三杯飲んで、天使は椅子にもたれた。

「美味しそうに食べてくれてありがとう。見ていて気持ちよかった」

 言葉が片付けを手伝っているのに気づき、天使は慌てて立ち上がった。

「すみません」
「大丈夫だ。君はお客なんだから、座っていなさい」

 申し訳ないと思いつつ、天使はお言葉に甘えることにした。お腹を休めていると、ふと思いついた。

「万随院さん」
「言葉、でいい。共に死線を抜けた仲じゃないか」
「じゃ……言葉さん。このビル、言葉さんのものなんですよね」
「ああ。所有は、私の不動産会社だが」
「不動産! それ、色々と教えてほしくて」
「……なるほど。新しい邸宅を考えているが、不動産のことはよく分からず困っていると」
「はい。アドバイスしてくれませんか」
「心得た。なんでも相談に乗ろう。その代わりと言ってはなんだが、私からもお願いがある」

 言葉は少し頬を染めている。

「なんですか?」
「今日のように、たまに一緒に遊んでくれると助かる。信頼できる友人が一人もいなくて」
「え……はい。あたしでよければ」
「ありがとう。小金を持ちはじめると、それ抜きで付き合える人が少なくなって……少し、淋しかったところだ」

 友達のいない天使には分からない悩みだったが、確かにこれから近づいてくる友人には気をつけた方が良さそうだ。

「天使さん。これからよろしく頼む」
「は……うん」

 連絡先を交換し、天使は家に戻った。

━━

「八華天使、神の戦車兵」

 少女が、天使の写真を見ていた。背中には一対の羽根が生えており、手にはライフルを持っている。 

「この子、いい子? ねえ、ザフキエル」

 少女の足元で、ザフキエルが倒れていた。


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