欠片を集める 息が止まる
某月某日
美容院始めをしに行く。
2年半ほど担当してもらい続けているタカハシさんの施術は、いつも手さばきに無駄がなく美しい。「お任せで」のオーダーに対して毎回、必ず印象が変化するよう応えてくれる。
人といると緊張しがちだけれど、タカハシさん相手にはリラックスできる。疲れているときこそ、ある種の助けを求めて美容院に行く。
前回の施術でおすすめしてもらったのが毛先カラー。ランダムに毛束をとり、毛先のみブリーチして、そこにカラーを入れるデザインだ。お客さんの写真を見せてもらうと、カラーの部分が光のようで、さり気なく艶っぽさが出ていて素敵だった。
カラー自体が久しぶり、ブリーチは初めてで口数が多くなる。似合うかな。きれいに色が抜けるかな。
仕上がりを見て、嬉しさに笑いがこみ上げる。ボブの毛先にうっすらラベンダーの色を入れてもらった。少し個性的だけど「派手」とか「目立つ」というのとは違って、馴染んでいる。
家に帰ってからもう一度、鏡にうつる自分を見た。こんな雰囲気も素敵じゃないかと自画自賛する。
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某月某日
数年ぶりに訪れた本屋でエッセイ本「いかれた慕情」(僕のマリ)を買った。
BOOKOFFであてもなく商品棚を物色していたとき、僕のマリの「常識のない喫茶店」を立ち読みした。何度も本屋で見かけてはいたけど、初めて「エッセイ本だったのか」と気づく。
私の本選びは「ジャケ買い」に近い。ジャンル構わず本棚を見て回り、目に入ったタイトルや惹かれる装丁の本は「はじめに」くらいの量を立ち読み、相性がいいと思ったら購入する。そういう意味で言えば「常識のない喫茶店」はすべての条件を満たしていたのだけど、なんだかタイミングが合わなかった。「僕のマリ」というペンネームに、得体の知れなさを感じていたのかもしれないなと今は思う。
そんな僕のマリの他作品を見つけたのだ。装丁の絵はもちろん、カバーの手触り、フォントまでトータルして好みだった。他の本とずいぶん迷ったけど、買うことにした。
読み進めるごとに、謎の存在だった「僕のマリ」に輪郭が与えられていく。私と5歳しか変わらない女性なこと。ふたりのお兄さんがいること。結婚されていること。会社員だった頃があること。ずっと音楽と本が好きで、なかでもスーパーカーやナンバーガールをこよなく愛していること。物書きになりたくて、なりたくて、叶わないなら死にたいと思っていたこと。知らない人なのに、ある側面ではどんな友人よりも深く知っているような感覚になった。
あっという間に読み終え、スピッツやサカナクションが流れるプレイリスト聴きながら歩いていたとき。ふと好きなnoteのクリエイターさんを思い出した。彼女も音楽を愛していて、よく好きな楽曲の一節を挙げて文章を紡いでいて、地方から東京に出て暮らしていて、本業の傍らで書き物をしているかもしれない、そんな雰囲気。年の頃も似ている。
日常では秘めている激情を、人間への愛を、悲しみと怒りを、各々の形で文章にし、世に公開している勇気が、どことなく似ていると思った。どちらの文章も激しいけれど優しく、脆いけど強いところが本当に好きだ。
私は、彼女たちみたいになりたいのかもしれない。
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某月某日
うすら明かりが差し込むかどうかの時間に、息苦しさで目を覚ます。空気の塊が喉から胸まで詰まっているようで、うまく呼吸ができなかった。20歳を過ぎてから喘息になったことがあり、そのときの記憶が蘇る。
布団の中で横向きに丸くなる。空気の塊を吐き出すように小さく咳をするけれど、息苦しさは変わらない。気道を確保して、少し水を飲んでも治まらなかった。
布団の中で呼吸をしやすい体勢をとり、ただただ落ち着くまで待つ。頭も朦朧としてくる。どうにもできない虚しさに押しつぶされないように、身体を休めること、起き出せそうになったら食べられそうなものを食べること、身体を温めること、その3つだけを考えるようにした。
長い1日だった。
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手帳を開く。
『なんだか気になっていたけど後回しにしていたことを、欠片を集めるようにひとつずつ叶えていきたい』
『不調から始まった2024年で、不調から持ち直したと思ったらまた波がやってきた。息苦しくて、身動きが取れない』
希望と不安と、どちらもできる限り感覚のままにことばにし、手帳へ書き残す。
20240124 Written by NARUKURU