ピッチシフトの是非への回答

前提。

  1. 歌ってみた (MIX 師) は自分でカラオケ音源を作っている人以外は基本音源にタッチしてはいけない。二次的著作物の侵害になる恐れがあるため。これは既に説明済みなので、割愛。RX の Music Rebalance 等を使って音を抜いてピッチシフトさせて再度混ぜるなどが可能であるため、念の為。そういう行為は基本的に利用規約に反する改変行為と公開自体が二次配布にあたる可能性があるため、制作者の許諾や利用規約に改変 OK などの明記が無い限り絶対に避けよう。

  2. 楽曲制作に於いて低域の補強のために音をオクターブ下げた音を生成して混ぜるという手法は、まま、ある。ただし、これは既存トラックをピッチシフトでオクターブ下げて、その音を混ぜる、ということはせず、クリーンなローエンドを実現させるために、そもそも極低音域の音程をシンセサイザー等で鳴らすことが多く、必ずしもオクターブ下でもないし、そもそも既存トラックからの生成はしないでアレンジとして新たに低域用のトラックを準備する。つまりミックスではなくアレンジの領域である。

オクターブ下をピッチシフトなどで生成する行為は Mix 的な手法ではなく、あくまでアレンジの一部と捉えることが多い。もちろんミックスとアレンジの領界、境界、区別などは定義が難しいが、ミックスに於ける低域の (ハーモニー) 補強という点を見ると、ほとんどが、特定の場合における飛び道具的な代物でかなりの音楽的素養が試される。と思う。つまり安易な手段ではなく、最上級に吟味が必要なアプローチだと言える。

色々例を見て、確認していこう。


実例

ボーカルをオクターブ下げて混ぜるということもあるけど、これは Sound FX 的な要素が強く、別に低域の補強になるということは個人的には感じない。おそらく皆さんも例を聴けばそう感じるだろう。

例としては Dance Monkey の Second Verse Section (歌の2番) からボーカルにピッチシフトでオクターブ下げた (犯罪者とか声を変えている人の音に近い) 歌が混ざっている。

これは低域の補強というわけではなく、セクションごとのアレンジであり、Third Verse Section (ラスサビ) への布石となるボーカルアレンジである。ミックス手法というより、プロダクションの意味が強く、別に低域を補強しているわけでもない。別にボーカルの低域を強調したいわけではないのは音楽の素人だって意図は説明されれば納得するレベルの内容だと思う。要はボーカルのコーラスというかハモリ扱いである。

もちろんジャンルによっては低周波の倍音を増やしてちょっと極悪な音に仕上げるというアレンジもある。通常はほとんど採用されない。宇宙人というかミュータントというか、ちょっと人外の声の演出によく使われる手法で Sound FX に近い。

最近、日本でもちらほらファンが増えている極悪ボーカリスト Alex のバンド、Slaughter to Prevail の楽曲にもボーカルのピッチを加工した音が混ざっているが、低域の補正というわけではなく、演出の一つであり、低域の補強のためのミックステクニックという側面が強くはないのは誰しも理解できる範疇だろう。これもボーカルの厚みというべきかわからないが、ハモリと捉えることはできる。

以下はおそらくギターの音が一部オクターバーを返した音が聞こえる Gojira の楽曲 (リフの部分がベースとは違う音色で同じような帯域弾いている音が聴こえる気がする、たぶん。)

低域の補強というより、ギターサウンドの音作りというか、楽曲的演出な要素がこちらも強く出ている気がする。ただ、ベースとは違う低域がでているよね? のでギターの厚みが増す気がする。

ただ、正直、ジャンルありきじゃね? っていう感想も抱くだろう。音楽的素養が試されるのがオクターブ下の生成だと思う。

低域楽器へのアプローチを考える

では、低域を司る楽器へのピッチシフトを実行してみる。

note は API の呼び出しが困難 (というか無理っぽい) なので wav で紹介するしかない。Dropbox のリンクを貼ります。

ベースの音で実験

↑ は変哲もない自分が打ち込んだベースの音。

こちら ↑ は Octave 下げたベース。

面白いけど、通常のチューニングベースのほうが Low がしっかりと聴こえ、オクターブ下の音はなんか、倍音ばかり聞こえる。この辺は普段からダウンチューニングの楽曲を制作している人なら、ピッチダウン = 低域増強 ではないことは重々承知というか、義務教育レベルの知識かもしれないので、笑わないでね。

じゃあ、低域増強で Octave の音を少し大きめで混ぜてみました!

上記は通常のベースとオクターブ下の音を混ぜた音。

これは、(酷い) 非常に悩ましい音になったと思う。これをそのままミックスに使いたいか、と言われると、そういう FX 的なベースの音ならありだと思うけど、ミックスでこれは意図していないだろうし、仮に採用しても、元々意図してなかった部分だろいうからここから色々考えなくちゃいけない、と普通は思うだろう。ちょっとディスコード、不協和音に聴こえるし。

安易にオクターブ下を混ぜることを是としない要因がまずこれ。

また、アライメントの管理は難しい。まぁ気にしない人は気にしなくていいけど、ピッチが変わるので波形が変化し、頭のタイミングもずれる。まぁ、そういうもんだと割り切ることも重要。

↑ の波形が元ベース波形で ↓ の波形がピッチ変更後の波形

これは意図的にずらしているわけじゃない、ピッチが下がると波形の出だしやケツがずれる。ピッチが下がるので波形は伸びる、けど、タイミングをできるだけ維持するので、これくらいのズレは、まぁしょうがないよね。

これを利用していくにはいくつかのアプローチを経験や知識、音楽的に知っておかなければならない。

少し音量注意。

↑ これだけ歪ませればあとは中域、高域の倍音部分は 2Mix で聴いた時に割とマスキングされるので、大丈夫かなぁ、と言う印象。

ただ、こんだけ歪ませる前提だと、そもそも楽曲意図とは酷く乖離する場合があり、通常はありえないアプローチである。ヘビィメタルかよ。

こういう臨機応変に回避策の思考ができると、そもそもオクターブ下のトラックを EQ して使いやすい音にしちゃえばいいのでは? という発想が産まれるだろう。

そもそも EQ で解決できそう

まず考えるのが、低域だけをフィルターで通して混ぜるやり方。

元ベースに High Pass 80 Hz : -24 Oct/dB
オクターブ下に Low Pass 80 Hz : -24 Oct/dB

この音を聞いてみよう。

まぁ、可もなく不可もなくって感じ?

個人の感想だけど、やっぱ Low の和音が増えた影響で濁って聴こえますよね。少し、まだディスコード、不協和音のような音しているとは思う人もいるかも知れない。オケに混ざったときにどう聴こえるか、が重要だけど、このフレーズに果たして…という印象は拭えない。

次、普通に EQ してみる

先ほどはオクターブの音を +6 dB くらいのエネルギーで混ぜたので、同じ用に元ベースの素材 80 Hz 以下を Shelving で +6 dB ブーストしてみる。Octave の音は混ぜてません、無し。

何の変哲もない EQ

↓ この EQ の音を聴いてみる。

え…こっちのほうがナチュラルかつ自然にローエンド聴こえない?

そもそも Low-End の周波数特性を元々の素材が有していることが多く、EQ のアプローチで通常はほとんど解決するのである…

これは Kick でも同じ様な傾向になります。そもそも EQ でブーストしてあげたほうがクリーンなローエンドが得られやすい。

Kick の場合

↓ Kick In はこんな感じよね。

そして、↓ Octave 下に生成した音。

この2つを混ぜると…

↑ なんか Kick Out とか Kick Amb っぽい音が混ざった Direct なサウンドになる。これを意図的に狙うなら、ありだけど、低域のハーモニーの増加になったか、と言われると、ピッチが下がった Kick になった、という印象しかわかない。(極低域の感じ方は環境によって変わるが通常は再生も認知も難しい)

大幅な音色変化に繋がるため、完全に意図、狙っていないと選択し辛い。ただ、こういう Kick のサウンドメイクがあるよ、という選択肢としての広がりを見せるのはいいのかもしれない。

↑ こちらは普通に EQ した音。これで Low-End の調整は十分じゃないか?

変哲もない EQ でしょ?

ピッチを低くした音もやはり Low Pass 通して、信号突っ込んで、ということをすれば、使えるトラックになると思うけど、素直に EQ したら、普通に雑味の無い良い Low-End が得られると思うのだ。

もちろん、そういう音を求めているなら話は別だが…

Snare とか Tom は基本やめたほうがいいと思う。かなり FX よりな音に仕上がる傾向が強いので、重たいスネア演出したいとか、うっすら混ぜてみるなどが適切で、飛び道具的にここのパートのみにオクターブ下のトラックを有効にして混ぜてみる、などの音楽的素養が試される。

もちろん、そういう趣向の楽曲の場合は積極的に利用するのはありだが、最初にも言ったけど Sound FX 的要素やサウンドデザインが強くなる。

スネア

スネアの元素材 ↓

オクターブ下の素材 ↓

いい塩梅で混ぜた音 ↓

重たいスネアを演出するにはいいけど、華やかなで抜けを重視するなら混ぜないほうがいいと大体の人も思うだろう。結局は全部に利用できるわけじゃなくて、ある一定のサウンド傾向から、やってみてもいいかな、的な発想になる。

この場合、曲がおとなし目な曲調でテンポが遅めかつ、スネアのオクターブ下にベースの帯域が特に被らない譜面であれば、採用も考えられる。が、かなり限定的な条件であると言えよう。

そもそも、音を足しているのに、波形周期 (位相とかよく言われるやつ) の関係で音量が小さくなってしまいました。インパクトが無くなる恐れが強い。位相は問題ない、と言い張っているようだが、それが意図通りかどうか、でしか無い。意図しない Phase Cancel は意図通りとは言えないだろう。

折角の 100 Hz の周波数をスネアに使わせなくても他に割り当てればいいと思っちゃうなぁ…そしてスネアの倍音の構成が一つ下にずれるから、ピッチの不安定感が非常に増してしまう恐れのほうが多いでしょう。

ミックスで必ずやってみろ、という処理ではないことは確かだと思う。

個人的結論と見解

自分は既に色々試してきた経験上、オクターブ下を混ぜるのは低域の混雑を意図的に作り出したい時に利用することが多いです。

例えば、アレンジで上モノ (歌とかその他中域から高域の音) が混雑してきても、低域が逆に音数が少なく、低域が相対的にスッキリしている場合はどうしてもオケのバランスの偏りや、音の迫力の厚み、みたいなものが薄れる傾向にあるので、低域を歪ませたり、少ない低域の空いている周波数を埋めるようなカタチでオクターブ生成をして混ぜる、なんていうことをしてきた経験があります。

だから、ごちゃごちゃした楽曲や、あえてのオクターブトラックを混ぜた時のちょっと不安定な低音の和音感が欲しい、と言うときには使えると思いますが、ほとんどが意図通りにオクターブ下のトラックを有効活用はできないと思います。

脳死でオクターブ下を混ぜるなんてとんでもない!

という状況が多すぎるので、出来るだけケミカルなミックスを想定している時に飛び道具的に利用できたり、低域のごちゃつき感や上モノとの兼ね合いも含めて、検討に値するときに、実行してみてください。

こういうのはトラック作っちゃうと「せっかくオクターブ下生成したのに使わないのはもったいない」的な精神が働いて、どうにか使おうと努力してしまうので、基本は選択肢としてのプライオリティは最底辺に置いておきましょう。

正直クリーンな Low-End を作る目的ではなかなか、利用し辛いです。というか私は利用しません。

サブベースプラグインがあるじゃないか

例えばフリーで優秀なサブベースの補強プラグインや生成プラグインがある。

これは bx_subfilter という Free Plug-in

このプラグインで、とりあえず適当に調整してみた音は…

こんな感じ。

もちろん、全部が全部、上手くいくとは言わないけど、こちらのほうが幾分クリーンな Low-End が期待できるのではないか?

もちろん、倍音も生成するものあるし、色々種類があるので探してみることもおすすめです。Waves Submarin とか SSL Sub Gen とか。

これら事象をもって、基本的にはオクターブ下を「ミックス」で生成して混ぜることは基本、やめましょう。というお話。

もちろん、自分がミックスではなく、楽曲制作を行っている場合はこの限りではない。色々試して面白いじゃん、採用!はよくあると思います。しかし、ミックスの低域ハーモニー? ミックスアプローチとしては基本悪手であると、経験は語っています。

しかも、低域の補強のためにオクターブ下を混ぜましょう、を推奨する、海外 Mix Tips なんて私は見たことがないのです。音作りの部分では結構語られる部分で、ギターとかベースでオクターブ下生成の動画はちらほらあります。

でもミックスアプローチではなく、サウンドデザインの話だし、もしかしたらちゃんと探したらミックスでオクターブ下を混ぜよう的な動画があるかもしれないのですが、クリーンな Low End を目指す動画とか、ミックステクニックは似たようなアプローチの動画では、基本アレンジの領域の話をしています。シンセでしっかりと Low-End が聴こえる Kick を作ったらしっかりダッキングしましょうとか、そういうやつ。

サウンドデザイン的な視点での話であれば、時間が許す限り、オクターブ下生成を試す価値はあると思いますが、ミックスをする人、がこれを行うには、結構な場数や経験や Low-End に対する適切な処理構造を構築できるだけの知識や技術が必要だと思います。

そんなことはやめて EQ や Sub Harmonics Plug-ins をまずはじめに試してみることをおすすめします。オクターブ生成はあくまで飛び道具的な立ち位置で考えるといいと思っています。音の譜面が変わるため、アレンジ領域の話で、楽曲の制作者が意図していない場合も非常に多く、必要なら既に生成したトラックをミックスする人に送っているはずです。

もちろん、新たなアプローチの提案としてはあると思いますが、楽曲との親和性を考えると、結構、ないな。に至ると思います。もちろん、ジャンルにも楽曲にもよるんですが、大体は悪手になるということを既に音で確認したと思います。


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