見出し画像

報恩

 私が大学生の時所属していたのは体育会弓道部だった。弓道部はOB会の組織が非常にしっかりしており、OB会の現役部員(現部)への支援が厚い。
 OB会の支援は弓具などの物品の支援、学生のための合宿施設の提供(OB会が所有している弓道場を併設した合宿施設がある)、部を運営するための助言、技術指導、キャンプの開催など多岐にわたる。
 OB会は月に一度月例会という集まりを開いており、広島にいるOBを中心に集まり、そこに現部の最高学年(部を運営する学年。役員と呼称している)も招き、現部の現状報告、OBからの助言・技術指導などが行われる。
 月例会に集まるOBは大学院生などで大学に在籍している若いOBから、50代、60代の年配のOBまでと年齢層が非常に広い。現部はさまざまな年代のOBからアドバイスをもらい、自分たちの代の活動に役立てる。

 なお、弓道部を引退しただけではOB会に入ることはできない。OB会には現部を引退した後「OB会に入りたい」という意志を示さなければ入れない。
 OB会の活動目的に「弓道部の発展に寄与すること」というのがあり、ただ引退した者同士の懇親のための会ではなく、現部を支援する意志のあるものの集まりであるため、その覚悟を示すためにOB会に入会するかどうか意志を示さなくてはならない。

 ここまで読んで、「OB会というのは現部に干渉しすぎでは?迷惑がられていないのか?」と思う方もいるかもしれない。実際、現部がそういう印象を持ち、OB会との仲が悪くなった代もある。OB会に一人も入会しない代もある。年によっては、OB会で活動している者が暴走した時期もある。OB会の活動が現部の圧迫になった時もあると思う。
 しかし、全体としては、OB会が関わることで、現部が学生だけで活動しているだけでは得られなかった感動や成長が得られている、という認識が現部にもあるので、現部引退者が入会してOB会が存続している。

 ただ、このコロナ禍でOB会が現部に関わることができない期間が続いた。大学から部活動自体の制限をかけられ、一定人数以上で集まること自体が禁止されたのだ。そのため、OB会の活動がコロナ禍では実質休止状態になっていた。

 それが最近になってコロナを巡る社会情勢が変わってきて、ようやく部活動も制限を持たず活動できるようになり、OB会としても活動が再開できるようになった。
 とは言っても、今の現部はOB会のOBと接触を持ったこともなく、OB会も現部の状況が分からないため、どう支援してよいか分からなかった。そこで、私を含め広島にいる数人のOBで、現部の主将を含む2人と話をし、今何に困っているかを聞くための話し合いの場を設けた。
 現部からは部の共有の備品となっている弓が古くなり、使用に堪えないものが増えているとのことで、弓を買って支援してもらえると嬉しいという声があった。それを踏まえてOB会の事務局で話し合いを設け、現部に弓を支援することが決まった。

 ところで、OB会での最高議決機関はOB総会というものだ。これは、年に一度全国から(時には海外から)OB会員が集まり、議題に関して議論する場である。また、現部の役員も出席し、普段会うことのないOBへの現状報告や、OBからの指導助言が行われる。OB総会はOB会の一大行事である。
 そして、現部への弓の支援のための支出についてもOB総会で最終決定されることとなった。


 今年のOB総会はこのお盆に開催された。
 事前に話をした際、現部は比較的OB会に好意的であったので、現部からもOB総会に2名出席することとなった。
 OB総会自体が数年ぶりの開催であり、そこに現部が出席するとなるとさらに久しぶりになる。今回の総会がOB会と現部が以前のように交流する契機になればいいな、と私は暢気に構えていた。

 当日は会計報告など定例の議決が終わり、各参加者の近況報告などが行われ、三々五々、各自が好きに呑んで好きに食べて好きに話すような宴会の時間になった。私も久しぶりに会う他のOB会員とおしゃべりに興じていたが、しばらくして現部が弓をOB会に買ってもらう件についてOB会にどのようにお願いしたらいいかを問うてきた。
 「そういえばその件が終わっていなかった」と思い、OB会長と会計のOBの方(共に60代)の方に話を持って行ったところ……結論から言うと簡単には話が終わらなかった。

 現部からその話題がOB総会で提出された時、会計のOBの方からさまざまな質問や指摘があった。結果としてその質問や指摘に現部が答えられなかったため、その場でOB会が弓の支援を行うという決定はされなかった。
 会計の方の質問および指摘は、会計の方なりに現部の成長のために必要であると判断したためにされたことだった。
 ただ、たぶんあれだと現部には伝わってないな、とも思った。
 現部にしてみれば、相手がOBであるとはいえ、自分の父親より上の世代の人で、しかもその日初めて会った人に、ストレートな言葉をぶつけられても相手の意図を汲むことも難しい。世代が違うと使う言葉が違い過ぎる。
 なので、誰かがその言葉を翻訳して現部に伝える必要がある。
 誰が?
 まあ、俺だよなぁと思った。

 今回、OB総会の前に事前に現部に話をした時に私は同席していたし、弓の支援の件で現部から相談されたのは私だし、OB総会で参加者のOBに現部のスピーチを聞いてもらおうと場をまとめたのも私だった(これは完全に成り行きだが)。
 ここまで今回の件で関わってしまったからには、最後まで責任を持たないといけないだろう。

 そこまで思い至ると、私に嬉しい気持ちが生じた。

 私は初めの就職の時、出身大学に就職した。理由は、私が弓道部OB会にお世話になったのでそのお返しをしたいと思っていたところ、それが一番しやすいのは弓道部と一番近いところに就職し、弓道部の世話をすることだ、と当時のOB会長から教えられた(そそのかされた?)からだ。
 いろいろあって大学は辞めてしまったが、弓道部OB会に恩を返したいという思いは変わっていない。そして今、現部とOB会の仲を取り持つようなお役目が私に回ってきたのであれば、これは絶好の恩返しの機会だと思った。

 また、今のOB会長をはじめとした役員の方々はもう高齢で、そろそろ世代交代が必要な時期に来た。今までその方々にばかり活動を引っ張ってもらっていたが、そろそろ私たち若い世代が主体的に動く必要があるだろう。
 そういう意味でも、今回の件は良い機会であると思えた。


 他のOB会員と同様に私も弓道部での活動が大きく私の人生に影響したと思ったからこそOB会に入った。現部と関わることは、かつての自分の弓道部生活を振り返る貴重な機会でもある。
 また、かつて私がOBの方から受けた恩を後輩に返していく機会でもある。
 そして今の後輩たちが弓道部での活動に大きな意義を認め、OB会に入ってさらに後輩たちを指導してくれればなお嬉しい。
 
 過去・現在・未来に同時に関わるような機会をいただいたので、今回の件は自分にとって非常に意義深いお役目だと思った。そのお役目を全うするために尽力しようと思ったお盆の夜であった。


 本日は以上です。スキやコメントいただけると嬉しいです。
 最後まで読んでくださりありがとうございました!