穏やかな少女と穏やかな日々

鬱を患った少女の顔色は、以前よりも良くなっているような気がした。この三月から感染症が流行して学校も閉まっていたので、家で過ごす間に少し回復したのかな、なんて思っていた。部活も去年はほとんど来れていなかったのに最近は毎日来ていた。彼女はとても穏やかで周りを和ませるような雰囲気があった。彼女が笑うと皆も笑った。(少々気を使いすぎるその性分を私はよく心配していた。)

穏やかな彼女と共に、穏やかな日々も戻ってきたのだなと思った。本当に嬉しかった、もう奴らはいない。

あの日の練習中、彼女は楽譜の束を手に校内を走り回っていた。どうも楽譜係の仕事を頑張っているらしかった。少し頑張りすぎなのではないか、頭の片隅で案じてしまうほどに。

そして15分後、彼女は発狂していた。人が発狂している所を見たのは初めてだったが、ああいう状態を世間一般は発狂と呼ぶのだろうと瞬間的に理解した。過呼吸独特の呼吸音と泣き叫ぶ声は今も忘れられない。一人にしておくのが正解のような気がして、私はその場を少し離れようとしたが、窓を覗いている延長でそのまま飛び降りるかもしれないと思いそばにいることにした。
その上何やら、「・・・・・・い、・・・・・・にたい、」と聞こえないぐらいの声で呟いていた。
死にたい。どう頑張ってもそう言っているとしか思えなかったが必死に考えないようにした。それはきっと鬱という病気が、穏やかな少女をも豹変させてしまうほどのものであるということの証明だった。
結局何もしてあげられなかった。
もうあの穏やかな日々には戻れないのだと悟った。
心のどこかで嫌になっている自分が心底嫌だった。みんな幸せに生きられたらいいのに。


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