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いちプロSS_01

1話 龍ヶ浜りゅうがはまゅぇ ―伝説のアイドル―

龍ヶ浜ゅぇを一言で表すならば、伝説のアイドルというのが一番にあげられることだろう。しかし一言で表すには龍ヶ浜の伝説っぷりは、―――言葉足らずに過ぎた。

アイドルと言えばステージで歌やダンスをするイメージが強いだろう。
結論から言うと今現在に至るまでに彼女がファンの前で歌を披露することはなかった――。

彼女の主な活動場所はインターネットの大海原だった。
このあたり時代というべきだろうか芸能の世界もテレビジョンの世界から動画配信サイトへと移り変わり、俳優がレモンを持った表紙の番組表と睨めっこすることもなくなって久しい。
彼女の配信はとりわけリスナーや仲間とのやり取りが特徴的だっただろう。
途切れることなく続くトーク、その最中さなかに繰り出される切れのある口撃こうげき、かと思えば見事な自滅を果たしたりする。
いちリスナーの僕も画面の遠くにいる彼女に対してある種の気安さ、を感じながらコメントをしていた、ように思う。
他では見ない異色の配信もあった。初配信…待機画面から切り替わった画面には5つの麻雀ゲームの画面が映し出され対局が開始されていった。率直な感想は、意味が分からなかった。
もちろん麻雀を打ってる間もリスナーのコメントを拾ってトークすることも忘れてはいない。4コア8スレッドぐらいはありそうだった。
そのトーク力とマルチタスクは仲間との配信(いわゆるコラボ)でも遺憾なく発揮されていた。
配信の流れを読み、仲間一人一人の様子を確認し、全員にライトが当たるように自然と立ち回る。もちろん仲間たちも元々魅力的な個性を持った面々だ。
ただ、そこに龍ヶ浜ゅぇという存在があるだけで、ステージが場面転換するように替わる、配信者に代わる、スイッチが入るように変わる。
スポットライトは仲間へと向きそれぞれの魅力を120%表す。自ら輝く存在を一流と呼ぶのならステージ全体を輝かせる彼女は超一流というのだろう。
そんな無敵のアイドル龍ヶ浜ゅぇ様にも苦手なものはあるらしく、彼女は歌わなかった。
いや、正確には歌うことに自信がなく、ちゃんと歌えるようにボイストレーニングに通っていた。

僕を含めたファンからも彼女の歌う姿を熱望する声は多く、「彼女の誕生日にファーストライブを開催!!」と告知がされたときはその場で小躍りして脛をぶつけて悶絶していた(あの日の涙は忘れない、いろいろな意味で)

――3月5日 龍ヶ浜ゅぇ誕生祭ファーストライブ当日――
会場はピンクを基調に赤や青といったペンライト(僕はピンクと青)の海が広がっていた。
ライブ開始前のステージではおなじみの待機画面が広がりその日もクリオネの「らおくん(龍ヶ浜ゅぇの相棒?マスコット?)」が苦労人よろしく働いていた。
ほどなくBGMが小さくなっていき待機画面がフェードアウトする、それまでのざわつきが嘘のように会場全体が彼女の第一声を聞き逃さんと音を止める。
暗いステージでわずかに緞帳どんちょうの上がる音だけが響き、じりじりと高まる熱がはじける時を今か今かと待ち構えていた。

バンッ!!パンッ!!
左右からクラッカーがはじける音と共にスポットライトが今日の主役をとらえようと輝きを取り戻す。が、その光が彼女を映し出すことはなかった――。
高まった熱が行き場を失い困惑だけが残されたステージ上で宙を舞う紙吹雪だけがこれ見よがしに輝きを返していた。


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