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面白がる、という才能。(前編)

平成30年の12月某日、文京建築会ユースの栗生はるかさんからのお誘いに便乗して、路上観察家・林丈二さんの本郷まちあるきに参加させていただきました。暖冬にしてはめずらしくぐっと気温の下がった一日でしたが、とても刺激的だったので、忘備録的にざっくりまとめておきたいと思います。

当日は東大の赤門前という、いかにも本郷散歩っぽい場所からスタート。さっそく林さんから本郷界隈の古地図コピー(明治40年調査)が配られます。さらに、当時の資料がまとめられた特製お宝ファイル(大判!)も登場。林さんは「けさ適当にデータベースからプリントアウトしてきました」とおっしゃっていましたが、明治時代の絵はがきやスナップなど貴重な図版がぎっしり。明治初期の赤門写真と現状を見比べたりしているうちに、いつしか通りすがりのギャラリーも増えていきます。まさに元祖・ブラタモリ。ということは、次はアレですね…。

いざ東大構内へ。そう、やはり林さんといえばマンホールは外せない。まずはひとつめ。赤門から徒歩3.5秒のこちらには「帝大下水」の文字が。なんとこれ、林さんによれば「おそらく日本で最も古いマンホールの蓋(!)」とのこと。なぜなら「帝大」という呼称は、明治30年(1897)に京都帝国大学ができる前のもので(つまり京大ができるまでは日本に「帝国大学」はひとつしかなかったわけですね)、たしかにこの蓋以外では「東京帝大」もしくは「東大」となっています。少なくとも関東大震災前に設置された遺構のようです。よく見ると取手の形状も引き出し式で後代のものとは違っている。「時代が時代なので蓋自体の強度もそれほどなく、東大構内という特殊な環境(車輌交通が殆どない)にあったからこそ残っているのではないか」と林さんは推察していましたが、狭き門の先には「ロスト・ワールド」が広がっていたのか…と妙な感慨にふけってしまいました。

東大マンホールめぐりはまだまだ続きます。まわりに石積みがめぐらしてあるのは、道路が舗装される前に設置されたマンホール。あまり頑丈でないため縁が欠けたりしないよう、石材でスロープを設けて保護していた名残りとか。それにしても、こうしてあらためて眺めてみると、時代や用途ごとにじつにさまざまな意匠があるんですね。ちなみに独特のクロスパターンが施されたものは川口の鋳物工場謹製。なぜそんなことが分かるのか? 林さん曰く「同時代に配られていた鋳物工場のパンフレットに、同じ文様のマンホール蓋が掲載されてるんです。東大に納品したという業績は、当時いい宣伝になったでしょうね」。なるほど、そんなところからもつながりが見えてくるのか。ていうか林さんのデータベースって一体どうなってるんだろう…。

マンホールめぐりだけで約40分。この時点ですでにじゅうぶん面白いのですが、「林さんぽ」一行は鉄門をくぐり東大の外へ。なお、この日のサブテキストは樋口一葉の日記で、明治24年(1891)8月の記述も参照されていました。当時、本郷菊坂に住んでいた一葉は、大学構内を通り抜けて上野の図書館まで歩いて通っていたようです。帰り道、おみやげに買い求めたのはサツマイモでしょうか。日記に「さつまゐり」とありますが、大辞林によると「【薩摩炒り】炒った米に小豆と刻んだ薩摩芋を入れ、醬油と砂糖で味をつけて煮た食品」とのこと。米を炒り煮するという調理法はいまひとつピンときませんが、味付けが醤油と砂糖ってところがいかにも東京っぽい。

途中、本郷小学校跡に残された煉瓦塀の遺構もチェック。建築関係の参加者が多いので「これはイギリス積みですね」など往時の煉瓦工法についてレクチャーしていただいたりと、トリビア欲が満たされる道行きです。それにしても情報量がハンパないな…。

池ノ端にあった町内案内地図。こうした手描き看板、駅前なんかでよく見かけますが、考えてみたら不思議な存在ですよね。広告看板ゆえに、かならずしも実際の地理どおりには示されていない。掲載主の支払い額の多寡によってでしょうか。じつに大胆にデフォルメされたりしている。むしろ道案内としては役立たずですらある。「これ、貼り替えたりしないで上から板ごと打ち付けて新しくしてあるんだね」という林さんの指摘にあらためて上から覗いてみると、たしかに板三枚分の厚みが! なんてラフで物理的なデータ更新方法なんだ…。でもまさにここに「時間の地層」が露呈しているわけです。街角の景色に溶けこんだタイム・レイヤー。とりわけ路上観察学会的なアイテムでした。

みなさんご存知、郁文堂。もとは銀行の支店でした。どう見ても鉄筋コンクリートっぽい重厚感ですが、じつは木造。大理石や人工石を貼りつけて仕上げられているそうです。ほかにも本郷界隈では和洋折衷のモダンな意匠を凝らした「看板建築」が多く見られます。けれども、そのいくつかは世代交代や都市開発のあおりで休眠状態となっていて、ちょっと寂しい気持ちにも。もともとエリアとしてのポテンシャルは高いし、うまくリノベーションしてカフェとして活用しているところもあるので、今後のふんばりに期待したいところです。

ここでいったん中入り。いつも気にはなっていたものの、ドアを開く機会を逸していた「喫茶ルオー」のカレー(スパイシーだけどまろやかな風味!)にようやくありつけて、個人的には大満足でした。

(後編へ続く)


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