編集者が三流営業とうまくつきあう方法
先日、ある出版社で働く後輩の編集者Aくんから「営業にブチ切れたので、もう会社を辞める!」と怒りの連絡がありました。
無能の営業に、自分の大切な時間を削られるのは、もう耐えられない、と。
よくわかります。
私自身、そういう営業に耐えられず会社を辞めたことがあるので、彼の憤りと無念さは痛いほど理解できます。
これは「営業あるある」で、よく聞く話です。
そんな困った営業が部長やマネージャークラスのベテランだったりすると、さらにタチが悪く、困ったことになります。周囲に咎める人がいないので、のさばって多くの人が被害に遭います。
編集と営業はお互いの職務を全うするためには、どうしても対立する場面が避けられません。犬と猿、ハブとマングースのように、対立するのが宿命とも言えます。
なぜ、このような対立が起きてしまうのでしょうか。この対立を避ける方法はないのでしょうか。
編集者と営業の間で起こる典型的なトラブルの原因を挙げてみましょう。
【1】クライアントの意向を握っていない
【2】企画主旨を正確に伝えない
【3】カウンターを出さない
【4】一度決めたことを変えたくない
【5】タイムラグが発生する
【6】伝書鳩である
以上大きく6つの原因があります。1つずつ順番に原因と対策を考えてみましょう。
【1】クライアントの意向を握っていない
クライアントの多くは制作のプロではありません。クライアントは大きな指針を提示して、編集者はそれを具現化・可視化し、アウトプットのイメージを提案するのが仕事です。その仲介を果たすのが営業になります。
制作業務に慣れたクライアントは、RFP(Request For Proposal)【提案依頼書】の形でドキュメント化し、あとで「話が違う!」とならないように詳細を提示してくれます。しかし、これは主にサイト設計やデザインの場合が多く、コンテンツ内容を固める指標になることはなかなかありません。そのため、コンテンツ制作にあたっては、クライアントの意向を直接ヒアリングする必要があります。
ただ、制作のことを理解していなかったり、経験が乏しかったりする営業に抜かりなくヒアリングをしてこい、というのは酷です。本来は最初から編集者が同席してヒアリングをすべきですが、営業としてはまだ案件になるかわからない段階で編集者を連れていくのは申し訳ない、という思いもあるようです。
あるいはまだ雲をつかむような話の段階から同席するのは、時間のムダだと言う編集者もいます。1000万円の仕事なのか10万円の仕事なのかわからず、実現性が高いか低いかもわからない相談も多いからです。相談だけで終わると、タダでノウハウだけ提供して終わり、ということは避けたいという思いもあります。
たとえば営業は稼働数が固定管理費に含まれることが多いですが、編集者の場合は稼働した分だけ原価として計算されます。すると編集者が1名クライアントのところへ行って移動時間を含めて3時間費やし、3万円の稼働費がかかったとして、稼ぎがゼロなら、3万円をドブに捨てたことになります。なので、制作はできるだけ案件受注の可能性が高まってから動くというのが通例です。
だから、私は同行できない場合は、いつもヒアリングシートを作成して営業からクライアントに渡してもらうようにします。それですべてが聞けるわけではありませんが、案件化のメドが見えてきたときに、さらに突っ込んだ質問や代替案を提示する参考になります。
ただ、ヒアリングシートを渡しても、ヒアリングシート自体の説明を営業ができないとあまり意味がありません。
ヒアリングシートだけでコンテンツを制作するのは、医師が問診票だけを見ていきなり手術をするようなものです。問診票をもとに診察して細かい症状を聞いて、対応策を考えなければいけません。
コンテンツの提案にあたっては、「課題」「要因」「解決策」の3つの過程で洗い出しをする必要があります。ヒアリングがちゃんとされないと、いきなり「解決策」に向かってしまうので注意が必要です。営業としてはできるだけ早く受注したいから、「課題」「要因」を省いて、いきなり「解決策=手術」にいくことが多い。「解決策」が一番見えやすいし、具体的なので、クライアントも良し悪しを判断がしやすいからです。でも、課題も要因も特定されずに、「解決策」の処方箋を投じても、あとで、水掛け論になってしまうことが多々あるのです。
そして、一番多いのが「任せる」。クライアントに「任せる」と言われたから、好きなように提案して、ということから起こるトラブルです。「任せる」と言って任せてくれるクライアントはまずいません。この場合は100%後出しジャンケンの無間地獄にハマります。
「任せる」というのは、アウトプットのイメージが浮かばないから、具体的な提案を見てから判断する、ということです。そうすると千本ノックを受けるリスクががぜん高まります。「うーん、なんかイメージと違うなあ」「こんなの考えてほしいなんて言ってないよ」とか。これをやっていたら、永遠にクライアントの望むものは作れません。
ヒアリングシートを使っても、クライアントから「うーん、まだ具体的なイメージはないから、そこを考えてよ」と戻されることもあります。営業も詳しくヒアリングできない。
そのときは二者択一で答えてもらうことをオススメします。「笑える・泣ける」「感動・驚き」「元気・品格」「黒・白」など、縦軸横軸にマトリクスにして、消去法で選択してもらってもいいでしょう。とにかくコンテンツ案を考える前に可能な限り、クライアントに選択、決定をしてもらいます。これができない営業はクライアントの「任せるよ」という一言をそのまま編集者に伝える。だからあとで大きなトラブルに広がっていくのです。
【2】企画主旨を正確に伝えない
仮にヒアリングがしっかりできて、クライアントの意向も把握できたとします。そのヒアリングをもとにコンテンツ案を考えます。たいていは3案くらい提案します。1案だけでは「これだけ?他に案はないの?」となります。あなたが指名された有名なクリエイターでもない限り、どんなに自信があっても1案が受け入れられることはありません。
逆に4案以上になると、クライアントが選択に悩むことになるので得策ではありません。心理学的には「決定回避の法則」と言われ、選択肢が多すぎると逆に選ぶのに悩むことになります。そういう意味では3案がもっとも妥当な提案数でしょう。
その場合、もっとも重要なのは、ABCの3案を提案したとき、ABCそれぞれの意図とメリット・デメリットを明確にすることです。そこを明確に伝えないと、クライアントも選ぶときに「なんとなく選ぶ」恐れがあるからです。そうすると選んだ理由が明白でないため、軸が定まらず、「やっぱりあっち、やっぱりこっち」とフラフラする恐れが非常に高くなります。
編集者が営業に説明しても、それを伝えない営業は非常に多いです。面倒臭い、うまく説明できないといってリハーサルもしないと、ただ「3案考えてきました。いいものがあれば選んでください。なければもう一度考えてきます!」となるのです。
だから、営業がどんなに忙しがっても面倒臭がってもリハーサルをするようにしましょう。
【3】カウンターを出さない
ABC案をクライアントに提案したあと、ABC案のどれにも決まらず、D案を出してくれと言われたとします。そのときには必ずABC案の何が問題だったのか、なぜABC案でなく、D案なのか、その理由と意図を確認してもらいましょう。理由なく「クライアントがそう言ってるからD案を考えて」となったら、それは千本ノックの無間地獄の始まりです。
それでも、とりあえずD案を出せと言われた場合、D案はA案の改良版かもしれません。あるいはABCとまったく違う狙いのD案かもしれません。クライアントがなぜD案を求めるのか、その理由と狙いを確認できていないので、闇雲に出すしかありません。そのときにも必ず別案を選択した場合のメリット・デメリットを伝えます。
しかし、営業は受注したいので、メリットだけ伝えて、デメリットを隠すことがあります。つまり変更に伴うカウンターを出すことを非常に嫌がるのです。デメリットを提示したことで、その案がまた突き返されるのが嫌だからです。
ここで言うデメリットとは、主に取捨選択によって、やることが絞られることです。「Aを選べばBで訴求できることができなくなります。どちらを優先しますか?」という選択です。しかし、営業はABCすべてを盛り込んでクライアントに満足してもらおうと考えがちです。
中華かイタリア料理か和食か尋ねているのに、担々麺とパスタとうどんを同時に食べたいと注文するようなものです。担々麺とパスタとうどんを食べたいと言ったクライアントに「いえ、3つ一緒に食べるとどの料理の美味しさも損なわれてしまうので、ここはうどんにしませんか。なぜならうどんは〜」と説明をしてもらうように努めます。
営業は「お前のところは客に一品しか食べさせないのか!」と言われるのを恐れて言いたがらないかもしれません。でも、本当にクライアントのことを考えたら、プロとして最善の選択を提示すべきなのです。
【4】一度決めたことを変えたくない
冒頭で述べた後輩の編集者Aくんは、営業から「ダメだったらボツにすればいいから、とりあえずそのままやって」と言われたそうです。
ろくにクライアントから意向や要望を聞かずに、「任せるから適当に考えて作ってきて。ダメだったら捨てればいいでしょ」と言われて、いいコンテンツを作ろう!と思う編集者はいないでしょう。
編集者Aくんは、クライアントが最初に提出したコンテンツが納得していないとのことだったので、「ではこうしたらいいのでは?」と代替案・改善策を提示しようとしたら、営業に拒否されたそうです。いまさら変更できない。クライアントが納得しなくてボツになってもお金はもらうからそのままやってと。つまり、クライアントといまさらやり直しのために交渉するのが面倒臭いということです。
私も似たような経験はあります。クライアントのコアターゲットは20〜40代の男性(パソコンやネットが好きなオタク系)とペルソナを設定。薄利多売型の商材だったのでレッドオーシャンで商品訴求をするだけでは厳しいのでバズを狙う。その前提でABCDの4案を提案しました。それで通ったのが、ペルソナと親和性の高い巨乳タレントを真面目なニュースキャスター仕立てにして、面白おかしく読んでもらう、というバズ狙いの企画でした。私はホッとしました。一発でクリア!
すると「ただし水着はNG。巨乳だとわかるような服装もNG。面白おかしさを狙うのも避けてほしい」。となると、そもそも企画の主旨が変わってくるので、巨乳タレントを起用する意味もなくなる。しかし営業は、「企画は通ってキャスティングもオッケーが出たんだから、そのままいってください」と頑なに企画変更を拒否しました。
私は嫌な予感がしました。そもそも主旨とまったく違う形で企画が進行していったからです。そして、企画が進んで撮影の細かい構成案を提出した段階で「今回のターゲットはファミリー層にしたいので、子どもやお母さんにも訴求する“家族愛”をテーマにした内容にしてほしい」と言われました。え? そもそもファミリー向けの“家族愛”がテーマなら、巨乳タレントのキャスティングなんかあり得ないでしょ? なんで巨乳タレントのキャスティングだけオッケーが出てしまったの? 営業に聞くと、「提案した中で、クライアントが唯一知っているタレントだった」というのが理由でした。はぁ? それはターゲットが20〜40代のパソコン好きな男という前提で出した候補でしょうが。
巨乳を隠した巨乳がウリのタレント。笑顔とハイテンションがウリの巨乳タレントに真顔でクールなキャスター役。そして、お母さんと子どもに訴求する“家族愛”。絶望的なちぐはぐ感。
歌を忘れたカナリアです。
走らないサラブレッドです。
働かない働きアリです。
すべてひっくり返りました。しかし、営業いわく「水着がNGと言われた時点で、それくらい察することできたでしょ」。結局、台本をすべて書き直すことになりました。そして、クライアントには「現場が先走って勝手にやってしまってすみません」と言うコウモリ対応。でも最初に決まった巨乳タレントだけが独り立ちして、ゆっさゆっさと走り始めたのです。
【5】タイムラグが発生する
営業は外出していることが多いので、連絡がとれないことが多々あります。メールを送ってもずっと返事をくれない。あるいは読んですらいない。読んでも返事が1週間後みたいこともざらです。それゆえにいざ制作段階に入って、クライアントに当日に確認したいことがあっても3〜4日遅れることがあります。納品の締切はだいたい決まっているので、営業が数日寝かせると、それだけ制作にしわ寄せがくることになります。
以前、私が勤めていた会社に、どんなに催促したり注意したりしても、改善しない営業がいました。埒があかないので、周りの部下など誰か気づいた人が動いてくれればという思いで関係者全員にccでメールして共有しました。すると社長から「そういう見せしめみたいな個人攻撃はやめなさい」と咎められました。私は自分の部下から「営業が全然動いてくれないので困っている」と相談されたので、直接注意し、メールでも何度催促しました。それでもずっと無視されていたので、やむを得ず、最後の手段に出たのですが、それが仇となりました。
タイムラグの発生する営業は、たいてい忙しさを言い訳にします。しかし、忙しさをアピールする人ほど暇な人はいないというのが私の持論です。本当に忙しい人で「忙しい」と言う人を見たことがありません。忙しがる人はどこに行っても忙しがり、すべてがおざなりになっているのです。
こういう職務放棄をされると、打つ手がなかなかないのですが、毎日メールや留守電に、「○○日までにフィードバックがなければ、○○日にズレます」などと、事前通告をして証拠を残しておくとよいでしょう。関係者にはできるだけccをして、あとで言い逃れができないようにアリバイを作っておく必要があります。
【6】伝書鳩である
営業が伝書鳩になることは多々あります。都合が悪いと「私は伝えただけですよ」と責任回避。
「三流ですね〜素人の学芸会レベルだって言われました」
私自身が昔営業に言われたコメントです。長い編集者生活でこれほど貶められたのは初めてでした。同じチームの営業のコメントです。一緒に戦う仲間と思っていた人からのこのコメントです。クライアントにそう言われたのであれば、具体的にどこに問題があって、どこを修正すればよかったのか。なぜこんな素人の学芸会レベルの仕上がりになったのか、検証しなければなりません。しかし、それ以上の話はありませんでした。「学芸会レベルですね」。それだけでした。
伝書鳩営業はクライアントの顔色ばかり窺っていて、制作現場の立場になってくれない、守ってくれないという不満を、よく編集者から聞きますが、実はそういう営業はクライアントの顔すら見ていません。なぜならクライアントにベストチョイスをさせていないからです。
会社員時代には、エンドクライアントから間に入っている広告代理店を外してほしいというお話がよくありました。たいていは仁義をきって断ることがほとんどでしたが、年々その数は増えていました。今後中抜きは確実に増えていくでしょう。伝書鳩の営業はいるだけ、ムダと。クライアントが言ったことをただ伝えるだけの伝書鳩営業は絶滅していくことでしょう。タイムラグがあれば伝書鳩より役に立ちません。百害あって一利なしです。
そうなってきたとき、編集者は中抜きされた営業の代わりを務めなければなりません。それがいま編集者に求められているスキルなのです。
ハイブリッド編集者になるしか生き残る道はない。
数々のベストセラー本を出し、自らオンラインサロンを運営するカリスマ編集者の箕輪厚介氏は、あるテレビ番組で「これからの編集者は、編集力とプロデュース力が一体化しなければいけない」という主旨の話をしていました。「スタジオジブリの宮崎駿とプロデューサーの鈴木敏夫のような作家と営業の関係が確立していれば別だが、ほとんどの人はそうではない。であれば、編集者自らがプロデューサーもやらなければ生き残ってはいけない」と。
これからの時代の編集者は、クライアントワークを営業任せにしていると、スピードもクオリティもいずれ時代遅れになっていくのかもしれません。自らクライアントと対峙し、「課題」→「要因」→「解決策」をトータルで考えられるハイブリッド型でないと、編集者として生き残れないのかもしれません。
営業も然り。制作のことを理解しないで、クライアントに愛想よくしていれば仕事が取れると思っている営業は、近い日に絶滅する運命にあるのでしょう。
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