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人はVRChatを始めると必ず「失敗」する。

美少女として生きるようになって、半年が過ぎた。

といっても暴走するトラックに轢かれて異世界転生したわけではないし、悪徳金融業者みたいな契約を持ちかけてくる動物マスコットと遭遇したわけでもない。はたまた田舎の巫女の末裔JKと体が入れ替わっているわけでもない。

VRSNSのVRChatを始めた。
ただそれだけ。

ヘッドマウントディスプレイを被り、腰や両足につけたトラッカーの電源を入れ、コントローラーのトリガーを引けばいつでも美少女になれる。なってしまえる。

僕は半年間、このVRChatというものにどハマリしており、お金と時間を湯水のように使って自身を美少女化することに専念している。
また、同様に美少女化している他のプレイヤーと交流することに心血を注ぎまくった結果、今までの趣味を全て投げ捨て、仕事も若干サボりつつ夢中になってしまっているという状況だ。

楽しい。
ただただ楽しい。楽しくて楽しくて、半年以上経った今でもまったく飽きる気がしない。これはいったいなんなのだろう?

もともと、日常系のアニメ作品が好きだった。
美少女が平凡な日常を過ごすそれらの作品は可愛らしくて平和で、ずっと見ていたくなるものだった。
だけど大抵は13話の1クールで終わってしまう。
どんなに長くたって『ひだまりスケッチ』の4クール程度が限界だろう。
僕はずっとずっと見ていたかった。
できれば自分の寿命が尽きるまで、心臓の鼓動が止まるまで大好きな日常系アニメ作品と並走して生きたかった。
だけどそれほどまでに長く続いてくれる作品はどこを探しても見当たらなかった。

そんなときに現れたのがVtuberだった。にじさんじのような巨大な箱(事務所)は多数のキャラクターを抱えていて、毎日youtubeで生配信をしてくれた。無数の順列組み合わせで様々な交流を見せてくれた。
とてもじゃないが見切れる量じゃない。
だからこそ嬉しかった。
同じ時間を生きていて、コメントやスパチャに反応してくれるキャラクターなんて今まで見たことなかったからすごく新鮮だった。


推しの配信を追っかけまくって萌え狂ってひと段落ついた頃だった。
今年の五月の終わり頃、僕はVRChatに出会う。

もともと存在は知っていた。だけどVRゴーグルは高価だし、ハードルが高いと思っていたのだ。
たまたま仕事の取引先の方に誘われたのがきっかけだった。
PCだけでも無料でできることを知り、デスクトップモードでinしてみたのだった。

驚愕だった。

アバターを介した交流はフィクションの中のみでもう少し先の未来だと思っていた。
けどそうじゃなかった。思い思いのアバターをまとい、楽しそうに談笑しながらコミュケーションをとっている人たちが目の前にいた。
彼らは僕が夢中になっているVtuberさながらのかわいらしい3Dアバターをまとって会話をしている。
publicのワールドに行けば多数の言語が入り乱れ、カオスな空間が広がっていた。世界中の人々がワールドを作成し、現在進行系でVRの世界が拡張されているのも驚いた。
『マトリックス』や『レディ・プレイヤー1』『ソードアート・オンライン』のような少し先の未来の世界が、今まさに自分の目の前に広がっていたのだった。

VRChatに案内してくれた方はVRゴーグルを付けていて、よりリアルにVRの世界を感じ取れているようで、ディスプレイでしか見れない僕はとても悔しい気持ちを抱いた。
ひととおりVRChatの世界を回り、取引先の方とも別れ、ログアウトした瞬間すぐさまツクモの公式サイトにアクセスし、知識もないのにVR ReadyのパソコンとHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を注文した。
CPUやグラボが何なのかもあまりよくわかっていなかった。
数字が多い=強いという単純な理由で適当に選んだと思う。
こうしてVRの熱病に冒された僕は、一晩で40万円弱を口座から吹き飛ばしてワクワクしながら床に就いたのだった。

数日後ゲーミングPCとHMDが届く。
秒でセットアップを済ませた僕は早速VRChatを始めた。
初心者はまず[JP] Tutorial world に行くといいとネットの記事で書かれていたので早速行ってみることに。

ワールドの壁面に書かれている文字を目で追っていると
「初心者の方ですか」と声を掛けられた。
なぜ自分が初心者だとバレたのか、挙動が初心者丸出しだったのかと困惑していると続けて
「もしよろしかったら案内しましょうか?」と提案された。
戸惑いつつも何から始めたらよいのか困っていたのも事実なので、ありがたく案内をお願いしてみることに。

ゲームオプションのおすすめセッティング、気に入ったワールドをお気に入りに入れる方法、ゲームの習熟度によってプレイヤーの頭上に表示されるネームタグの色が変化することなど(僕が初心者なのはこれで判明した)、VRChatをプレイする上で欠かせない機能を一時間以上に渡って教えてくれた。
途中からいろいろな人が説明に加わってくれて最終的には僕ひとりのために多くの人が集まってくれていた。


チュートリアルワールドの最後はみんなで写真を撮るのがお決まりのようで、慣れないカメラを操作しながらなんとか撮影。
これがそのときのようす。


ものすごく感動してしまった。
見ず知らずの初心者にこんなに優しくしてくれる世界があるなんて思ってもみなかった。
どうしてこんなにも親切にしてくれるのか尋ねると
「自分も初心者のときに優しく教えてもらったから」とか「Visiter(初心者)には親切にするのがVRChatのしきたり」とか「初心者をVR沼に落としたいから」といった回答が返ってきた。

最後のやつだけ微妙だけど、やさしさの連鎖が起こっていてびっくりした。
最近は荒んだインターネットしか見てなくて、ヌクモリティなんて10年以上前に死語になって絶滅したと思っていたけどちゃんとあった。VRのなかにはしっかりと存在していたのだ。


VRChatに対しての第一印象があまりにも良かったため、僕はその後もログインを続けた。


初心者が集まる企画やイベントがあることを知り、参加をしてみたりもした。けれどうまく馴染むことができなかった。
それに一度会った人のところに後日訪問するのもなんだか気が引けてしまう。「え。この人一度会っただけなのにもう友達気取りかよ」と思われるのに抵抗があったのだ。

このVRChatというゲーム、最初のとっかかりを掴むのがとても大変。
まったく接点がない状態でいきなり会って仲良くなれってハードル高くない? 強メンタルじゃないと楽しめないゲームなのでは?


怪しく思い、運営元であるVRChat.incのことを調べるとサンフランシスコに拠点を置くベンチャー企業が開発を行っていると書いてあった。
やっぱり! どうもおかしいと思った! アメリカの西海岸に住んでるヤツなんて全員EDM聞いてオープンカーに乗ってウェイウェイ言って女の子はべらせてドラッグキメてる超パリピしかいないんだ! 極東の島国でとろ〜り3種のチーズ牛丼500円喜んで食べてるクソザコメンタルのことまったく考えてない!
 
そもそもVRChatの仕様自体めちゃくちゃに尖ってて、ゲーム内で相手が今何しているのか確認するメッセージなんて一切送れなくて、いきなり相手の場所に行くJoin、招待するInvite、招待を送って欲しいと相手に伝えるReqInviteしかないのだ。
携帯電話持ってない小学生の「磯野ー、野球しようぜー!」みたいないきなり家に押しかけるノリでしか会うことができない。だからこそ事故に遭いまくる。

勇気を出してフレンドになった人にJoinしてみたら知らない人と仲良さそうに談笑していたので遠巻きに見つつ帰ったりとか、せっかくJoinしたけどワールド自体広すぎて遭遇できずに泣く泣く帰ったりとか、Joinしてみたらすごくいい雰囲気でイチャイチャしている場面に遭遇して一瞬で帰ったりとかした。
Joinしては帰ってばかりだったけれど、なぜか辞めようとは思わなかった。

夢中になっていたのだ。

アバターを介した会話も、360°見渡せる美しいワールドも、プレイヤー達が自主的に開催する様々なイベントも、全部が全部新しくて気がついたらのめり込んでいた。
失敗して転んだとしても気が付かない。
それくらい熱中していたのだ。
VRの世界はどんどん広がっていて未来は希望にあふれていて、HMDを装着してその場にいるだけでワクワクすることができた。
それに失敗を繰り返しながらだけどたまに気の合う人に出会えることがあって、共通の趣味で会話が弾むとものすごく楽しかった。
フレンドになった友人が自分に会うためにJoinしてくれたときは、存在を認められたようで嬉しかった。

学校に入学してはじめて友だちができたときと似たような感動。仲良くなった友達とはじめて放課後に遊びに行ったときのような楽しい記憶を思い出した。
まさか社会人になってからこういった感覚を味わうようになるとは思わなかった。

VRChatは「人に会う」という原初的な楽しさを思い出させてくれた。
空間を超えて会いたい人に会いに行く。会話をする。それだけでとても楽しいのだ。
メッセージが一切送れないというのも人と顔を合わせて会うということを突き詰めた結果なのだと思う。そう考えるとVRChatの運営の人も意外といいやつのような気がしてくる。パリピかもしれんけど。


年齢を重ねると、人は失敗しなくなる。
それは利口になったともいえるけど、悪く言えば自分の限界を知ることで挑戦をしなくなったとも考えられる。
手が届く範囲のものだけに触れていれば、傷つくことはないから。

新しいことを始めたら9割は失敗する。
そんなことを有名な経営者が言っていた。
そう考えるとVRの世界は新しすぎてすべてが未知だ。
みんなが手探りでどろんこになって楽しんでいる状態。
失敗がありふれすぎていて、失敗を嘲笑する人なんていないのだ。
それにVRChatでは重りとなる現実世界での肩書も、社会的なプレッシャーもない。VRの世界で、美少女の「なりんぬ」として存在することで、僕は身軽になれた。自由になることができたのだ。
だからこそ、失敗を恐れずに興味の赴くままに動くことができた。

はじめて参加した撮影会でのことだ。
全く馴染めなくて周囲にあまり話しかけることができずに、カメラを一度も向けられずに悔しい思いをしたことがあった。
どうやったら周りに認めてもらえるか考えた結果、かわいくなるしかないって思った。
魅力的な人になれば周囲から話しかけられたり、自信を持って他の人に話しかけたりできるかもしれないと考えたのだ。

それまでは初期状態で使えるアバターを使っていた。
それでは魅力に劣るなと思ってゲームエンジンのUnityを使って購入したアバターをアップロード。ネットでひとつひとつ方法を調べながらなんとか成功した。

似合う服を着たらもっとかわいくなるんじゃないかと思って着せ替えに挑戦した。そして盛大に失敗した。

ポージングを研究したら可愛くなれるのかもしれないと思ってVRCユーザーにtwitterで可愛いポーズを教えてもらったりもした。


必死だった。
でもそれがとても楽しかったのだ。
「かわいい」をひとつひとつ習得していくのは新鮮な驚きに満ちていた。
自撮りがこんなにも楽しいものだったなんてリアルワールドにいるときは思いもしなかった。
アバターを纏うことではじめて自分自身が好きになれた。


僕は自分に自信なんてない。
だけどなんの工夫もしないでVRの世界からいなくなるのだけは嫌だった。
こんなにも楽しい世界を存分に味わうことなく、諦めて生きるのだけは避けたかったのだ。
友達がいたら、VRの世界はきっともっと楽しくなる。
そういう確信があったから。

勇気を出して話しかけたり、イベントに参加しているうち、次第に仲がよい人が増えていった。アバター改変に失敗している様子をTwitterに投稿したら、わざわざ時間を割いて画面共有で教えてくれる人も現れた。いっしょに撮影会をしようと誘ってくれる人も現れた。
本当にうれしかった。
気兼ねなくJoinできるフレンドが増えると、どんどん交友関係が広がっていった。

VRの世界では現実世界での肩書や地位は通用しない。
ゼロから関係性を築いていくことになる。
高校生もいれば年上の人もいるし、男性ユーザーが9割と言われているけどみんな美少女アバター着ているし、声で判断をしようにもボイチェンを使っている人もいれば両声類もいて性別なんてどうでもよくなってくる。
年齢も性別も、国籍さえもすべてが溶け合って横一列のフラットな関係性になるのだ。そこで生まれる友情は、まるで学生時代のようでかけがえのないものだ。
僕は幼馴染の友人と過ごしているかのような心地のよい時間を、VRの中で過ごすことができた。


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夏にはみんなで浴衣を用意して盆踊り大会に参加した。
今年は全国各地でお祭りが中止される中、VRの世界で思い出ができるとは思わなかった。


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同人イベントにも参加した。VR世界でのフレンドと同人誌を見て回れるのは本当に楽しかった!


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みんなでブレザーを着て修学旅行気分を味わったりもした。


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ハロウィーンは思い思いの仮装でみんなとたくさん写真を撮った。


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お揃いのアイドル衣装を着てみんなでダンスを踊ったりもした。


ここには書ききれないほどの濃密な時間を、僕はVRで過ごしてきた。イベント事があればすぐにVRの世界であつまってみんなで楽しんだ。
本当に充実していた。

夢が叶ってしまったのだ。

日常系アニメの世界に憧れて『ごちうさ』や『ゆるゆり』を見たり、Vtuberを追っかけていたけれど、まさか自分が美少女になって日常系の登場人物のようにVR世界を生きるとは思わなかった。
春にはお花見をして、夏には浴衣を着て花火を見て、秋には紅葉を眺めて、冬は雪まつりを楽しむ。

終わらない日常系の登場人物として、気の合う友達とVRの世界でずっと過ごしていたい。


楽しい一日を過ごした後、VRChat内で撮影した画像を眺めながらいつも思っていた。
だけど、その願いは、叶いそうにない。


来年の3月、娘が生まれる。

それ自体は望んでいたことだし、とても喜ばしい。
妻にはとても感謝している。生まれてくる娘は人生を懸けて幸せにしてあげたいと思う。

だけどVR世界の美少女「なりんぬ」としては致命的だ。
今まではなんとかして現実世界と折り合いをつけてVRで過ごす時間を確保していたけれど、娘が生まれればどうしたってリアルワールドでの比重が大きくなってくる。いままでのように「なりんぬ」としてVRの世界で生きることが難しくなってくるだろう。


子供をいちから育てるのははじめてだからどのくらい忙しくなるのか検討もつかない。果たして落ち着くまでにどれほどの時間がかかるのだろう。
半年? 一年? いや、それ以上かかるのかもしれない。おそらくログインできる時間は激減するだろう。


僕はわずか半年の間にVRの世界でたくさんの人と出会い、笑い、楽しみ、得難いものを得てきた。
夢中だった。

だとしたらログインできない半年間でそのすべてが失われてしまうのではないか。まるで『夢の中でのできごと』だったかのように。
最初からなにもなかったかのように、消えてなくなってしまうのではないか。


それがとてつもなく怖い。


一週間会わないだけで「久しぶり」になってしまうほど流れるスピードが早いVRの世界。
ログイン頻度が著しく減った僕のことを覚えてくれる人なんて、果たしているのだろうか。
僕がVRの世界に戻ったとき、大好きな友達は変わらずにいてくれるのだろうか。


保証は、どこにも、ない。









なんて、悲観的な文章を書いてみたところでどうしようもないもんはマジでどうしようもない。


悲しみに暮れているだけで事態が好転することがないってのは今までの経験上よくわかっている。
僕は17歳JKだけど伊達に年齢を重ねていないのだ。
せめて最後まで、明るく元気なVR世界に生きる美少女の「なりんぬ」でいたい。

それに本来喜ばしいはずの娘の誕生を心の底から喜べてないのは、妻にも娘にも申し訳ないよね。

そもそもタイムリミットがあることを承知の上でVRChatを始めた。
こういうことは初めから覚悟をしていた。
カウントダウンは最初から始まっていたのだ。


だからこそ、この半年は悔いを残さないように行動をしてきたつもり。
やりたいことは全部してきたし、伝えたいことは伝えてきた。
僕のことを「行動力がある」と友人が評価してくれていたけれど、制限時間があるからこそ積極的に動くことができていたのかもしれない。
絶対に後悔だけはしたくなかったから。

VRでできた二人の親友の誕生日会を、ほぼ間隔を置かずに主催したことがあった。
ちょうど仕事の繁忙期でめちゃくちゃに忙しかったけど、来年は祝いたくても祝えないかもしれなかったから必死で企画した。

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協力してくれた友人達のおかげもあって、祝われた本人達も、参加した人たちも喜んでくれて本当に嬉しかった。

このふたりは最初期に仲良くしてくれた親友。
多分VRChat始めたときの僕は全然かわいくないし、魅力もなかったと思う。
だけどそんな僕とも仲良くしてくれて、優しい言葉をかけてくれたこと、僕は絶対に忘れない。

だからこそ、少しでも恩返ししたかった。
大した技術力もないから大きな企画は立てられなかったかも知れないけど、喜んでもらえたのなら本望だなって思う。

VRの世界を知って、こんなにも夢中になることができて本当によかった。

かわいくなれてよかった。

人生のメインヒロインになることができてよかった。
娘が生まれたら僕の人生のメインヒロインは彼女になる思うんだけど、わずかな時間でも自分自身がヒロインになれてよかった。
日常系のアニメ見てたときは来世まで待たないといけないかなと思ってたから、VRのおかげで一生分得しちゃった。

そして何より、たくさんの友達に会うことができて本当によかった。

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僕たちは、きっとよく似ている。

好奇心旺盛で、楽しいことが大好きで、きっとどこか子供みたいに純粋な部分がある。みんなVRの未来に希望を抱いている。

そうじゃなかったら何十万もするパソコンに何十万もするHMD繋いで夜な夜な虚空に向かって話しかけたりしないと思う。
はたからみたらだいぶやべーやつだよ。僕もなんだけどさ。
みんなといる時間は居心地が良くて、本当に楽しかった。

本名なんて誰ひとりとして知らないし、現実世界ではどんな姿をしているのかも、どこに住んでるかもわからない。肉声すらボイチェンでわからないこともある。
街で偶然すれ違ってもきっとお互いに気がつけないと思う。

だけどみんなのことは、友達だって思える。


仮想現実は全てがまやかしなんかじゃない。
VRの世界で感じた楽しいこと、うれしいこと、感動の全てが「本物」だった。
僕たちの心が現実のものにしてくれた。


VRの中でかけがえのない思い出がたくさんできたよ。
僕と友達になってくれて本当にありがとう。

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