10年越しの贈り物
過去の自分を羨ましく思いはじめたのはいつからだろうか。社会に出て8年、もはや後戻りできないような窮屈さに息が詰まる。学校に慣れず、鬱屈していた中学生時代の自分さえも「未来があって良いな」と輝いて見える。
あの頃は、お笑いが心の拠り所だった。大好きだったお笑いコンビ”MONO STORY”、略して”モノスト”。スマートかつキレの良いネタで賞レースを勝ち抜いた。母に買ってもらったライブのDVDは何度観たかわからないが、長らく再生しておらず、パッケージの中は当時の空気のまま時が止まっている。
―手放してみようか。ふとそう思ったのは、過去の自分への羨ましさをこじらせたせいだろうか。
かつて流行ったとはいえ、今や低価格で売買されているDVDだ。「何で売るん!」とむくれる中学生の自分を、「簡単には売れへんやろうから」となだめ、フリマアプリに出品した。
「購入しました。よろしくお願いいたします。」1週間ほど経った頃、通知が届いた。意外とすぐ売れたことに少し寂しさを覚えていると、スマホから再び通知音が鳴った。
「娘が最近モノストにドハマリしておりまして、出品ありがたいです。」
フリマアプリで定型文以外のメッセージが来るのは初めてだ。嬉しさと驚きで頭がショートし、体温が一気に上がる。
「他にもモノストのグッズを出品しますので、宜しければご覧ください!」押しつけがましいかと不安になりつつも、もっと話をしたい一心だった。
メッセージをくれたマユさんは「過去のものは手に入りにくいので、何でもありがたい」と言い、次も、その次も購入してくれた。私たちはその度にメッセージを交わし、娘さんは現在中学生で受験を控えていること、モノストの面白さなど様々なことを話した。
手持ちのグッズも尽き、最後の品物がマユさんの手元に届いた、2月の寒い日。ちょうど娘さんの高校受験が終わったと連絡が入った。
「結果はまだ先ですが、頂いた雑誌を読んでひと息ついています。」
顔も名前も知らない子が、大切な高校受験を終えた日に、私が届けた物を楽しんでくれている。本来は、過去の私をパッケージしたまま終わるはずだったグッズ。それが10年以上を経て、私とマユさん、娘さんを結びつけ、新たな時を刻み始めた。
そんな巡り合わせと、私のこれからに思いを馳せる。案外、窮屈じゃないのかも。
「私なんて羨ましがってる場合とちゃうよ。」あどけなさの残る声が遠くから響いた。
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