なっぱ(偽者)

なっぱ(偽者)

マガジン

  • スターチスの花に水をまく

    Novelber2020参加作品です。 夫を亡くし王宮で働くこととなった魔法使いアデール。彼女の元に両親を亡くした半魔の子供ヴェロニクが預けられる。二人の交流と成長の物語。

最近の記事

スターチスの花に水をまく/30:塔

 今日もわたしは昨日と同じように技術と学問の塔に登る。これからも登ることもあれば下ることもある。そういう今までと変わらない日々が続くのだろう。 「おはようございます」 「おはようアデール」 「……なにかトラブルでも?」  最上階の扉を開けると既にガスパルが仕事をしていた。思わず窓の外を確認してしまう。まだ薄暗いから、私の通勤時間が遅かったわけではなさそうだ。しかしガスパルはいつものように穏やかな顔で書類をさばいている。 「いやあ。アデールを見ていたらわたしも頑張らなくてはいけ

    • スターチスの花に水をまく/29:白昼夢

       夢を見た。懐かしい人がこちらに向かって笑顔で手を振っていた。あれはいつのことだったろうか。 「アデール、おはよう」 「おはよう、アルテュール。今朝も早いのね」 「君と一秒でも長く過ごしたかったから、早起きしてたんだよ」  そう言って私の亡夫アルテュールはほほ笑む。私も微笑んで返事をする。 「そうだったのね。そのおかげで私は未だにとても早起きなのよ。でもこれからの時期は寒いから、もう早起きは難しいかもしれないけど」 「アデールは寒いのが苦手だもんな。でもきっとヴェロニクが起こ

      • スターチスの花に水をまく/28:霜降り

         朝起きたら部屋が暖かかった。アデールが魔法で床を温めておいてくれたらしい。しかし当のアデールは眠気に勝てなかったようで、杖を持った手だけがベッドからはみ出ている。 「アデール! おはよう! 朝だぞ!」 「ロン~、早い~、眠い~」  布団を引っぺがすと彼女は寒いだなんだと文句を言いながらのそのそ起きてきた。それから顔を洗い服を着替えパンをかじって部屋を出る。王宮を出るところまではアデールと並んで今日の予定を話しながら歩く。王宮を出たら手を振って別れてアデールは技術と学問の塔へ

        • スターチスの花に水をまく/27:外套

          「……」  ロンは窓の横に椅子を持っていって、ぼんやりと外を眺めながら座っている。数日前にエロワと話ができたと言っていた。その時は 『あのオウジサマはしょうがない子供だな』  と自分の方が彼より10程も年下なのに姉のような顔で苦笑いをしていた。しかしその後はなにか考え込むことが多くなった。どうやらエロワのことを考えているらしいのだけど、それ以上のことはわからない。 「なあアデール」 「うん?」  気が付くとロンが窓辺からこちらを見ている。 「どうしたの?」 「人ってさ、一回見

        スターチスの花に水をまく/30:塔

        マガジン

        • スターチスの花に水をまく
          30本

        記事

          スターチスの花に水をまく/26:寄り添う

          「ヴェロニク、呼び出してすまない。それ以上に今まですまなかった」  そう言うとオウジサマはあたしに頭を下げた。なんていうか今までが今までだっただけに割と気持ち悪い。 「いや、呼び出しはいいんだけどさ。約束してたわけだし。今までっていうのはどれについてだ?」  オウジサマから謝罪を受ける心当たりがありすぎてどれのことを言われているのかわからない。 「まあ、なんもかんも、だな。君を男性と勘違いしていたことも、唐突に罵声を浴びせたことも、いきなり喧嘩を吹っ掛けてしまったことも、だ。

          スターチスの花に水をまく/26:寄り添う

          スターチスの花に水をまく/25:幽霊船

           温かい昼下がりの窓辺。今日は特に用事もないので日の当たる窓の横に椅子を移動して座っている。  アデールはいつも通り塔に行って仕事をしている。あたしは朝のうちにルーのところでチェスと少しだけ戦略と戦術の違いを教えてもらった。おもしろい話だったけど時間があまりなくてゆっくり聞けなかった。天気が良くて眠かったからそのまま王宮内の部屋に帰ってきてこうしてのんびり過ごしている。座っている椅子の前にもう一つ椅子を置いて、ルーにもらった簡易な作りのチェス盤を乗せた。果実水を飲みながら教わ

          スターチスの花に水をまく/25:幽霊船

          スターチスの花に水をまく/24:額縁

          「……」  俺の住まう王宮の奥。俺と父の私室の間の通路には一枚の肖像画がかけられている。それは俺が幼いころに病で亡くなった母上のものだ。おぼろげに覚えている母の顔はこの絵の影響をもろに受けていて、絵と違う角度の顔はもはやわからない。  母上を亡くした当時のこともかなりおぼろげで、でも父上がやつれながらも必死にそれまで通りの仕事を続けつつ、俺が落ち込まないようにとお気に入りの絵本を繰り返し寝る前に呼んでくれたことは覚えている。だからこそ、そんな父上にわがままを言えなかった。 『

          スターチスの花に水をまく/24:額縁

          スターチスの花に水をまく/23:ささくれ

           ロンと仲直りをした数日後。塔に向かって一人で城内を歩いているとエロワ王子に呼び止められた。 「アデール、今いいかな」 「ええ構わないわ。なにかしら」 「ヴェロニクのことなんだけど……あれは、もしかして女性なんだろうか」  最近ずっとつんけんしていたエロワが久しぶりに穏やかに話しかけてきたと思ったら、いきなり何を言い出すのだろうか。驚きすぎて返事が遅れてしまう。 「アデール?」 「あ、ごめんなさい。驚いてしまって。そうよ。ロンは女の子だけど……エロワ、もしかして今まで男の子だ

          スターチスの花に水をまく/23:ささくれ

          スターチスの花に水をまく/22:遥かな

           アデールにはチラッと言ったきりだったけど、アデールと王様の居場所を教えてくれたのはオウジサマだった。  リゼットにオルゴールを直してもらって王宮に戻るも、アデールはまだ部屋に戻ってきていなかった。どうしよう。待っていたら戻ってくるだろうか。それともかなり怒っていたから今晩は戻らないだろうか。居ても立っても居られなくて部屋を飛び出し王宮内を探し回る。しかし使用人たちに聞いても誰も知らないという。 「もしかして塔?」  でも今日は誰もいないはずだ。だからこそ一人で向かったのか。

          スターチスの花に水をまく/22:遥かな

          スターチスの花に水をまく/21:帰り道

           冷たい風が吹く中をロンと二人で並んで歩く。ロンの手を取ろうかと思ったけれど、彼女は両手でオルゴールを抱えている。 「オルゴール、直したかったんだ」 「そうなの」 「うん。アデールがすごく大事にしているのは分かったし、魔王様がどんな音をアデールに贈ったか聞きたかった。それでこれ後ろ側が開くだろ。開いたけど中が見えなかったから振ったら埃とかゴミとか出てくるかなって振りかぶったところでアデールが帰ってきたんだ」  やっぱりそうだった。ロンは人の大事なものを粗末にするような娘ではな

          スターチスの花に水をまく/21:帰り道

          スターチスの花に水をまく/20:地球産

          「ふむ、そろそろ潮時かな」  その声と共に目の前に何かが置かれた。これは、なんだろう? 「隣国の宮廷魔術師が考えた大地の姿だそうだ」 「丸いですけど」 「そうなんだ。丸いのだとその者は言っているそうだ」  えー…。丸いの? エティエンヌ王が水を勧めてくれたのでありがたく飲む。二杯ほど飲んで少し落ち着いてきた。 「丸かったら端っこの人は滑っちゃいそうですけど。うーん、どういうことなのかしら。でも一応地面は平らであると言われていますけど、それはあくまで我々の見えている範囲の話です

          スターチスの花に水をまく/20:地球産

          スターチスの花に水をまく/19:カクテル

           「少しは落ち着いたかね」  苦笑しながらエティエンヌ王は私の様子を伺った。ここは王宮のすぐ傍にある居酒屋である。エティエンヌ王御用達ということで一階は普通に解放されているが、地下に一部の特権階級しか入れないスペースが確保されている。私はそこで提供された麦酒やら果実酒やらをぐびぐび飲みながら管を巻いていた。 「ご迷惑おかけします」 「迷惑ではないよ。珍しいものを見られて十分楽しませてもらっている」  まったく喜べない発言だ。 「本当に愚痴ばかりで申し訳ない。でもですよ。私には

          スターチスの花に水をまく/19:カクテル

          スターチスの花に水をまく/18:微睡み

          「ロン、なにをうずくまっているんだ」  ドアを開けたのはチェスの師匠であり内務省次官であるルー・ガルニエだった。 「ルー!!! ……うえええええ」 「泣くな泣くな。説明をしなさい」  冷静なルーに促されて何とか話をしようとする。しかし涙やら鼻水やらが出てきてうまく話せない。それでもルーは根気強くあたしの話を聞いてくれた。 「概ね分かった。しかし、だ。ヴェロニク、私の教えを忘れたのかね」  ルーがあたしをヴェロニクと呼ぶときは叱られる時だ。今叱られるのはしんどいけど、ルーは理不

          スターチスの花に水をまく/18:微睡み

          スターチスの花に水をまく/17:錯覚

          「う~~~~~~」  あれは、いったい何だったのか。今日は早い時間に仕事が終わった。だからさっさと部屋に戻ったらロンもいたから一緒にお昼ごはんを食べた。それから少し買い物に出て市場で私の好きな果物と、ロンの好きな果物の入った飲み物が安く売っていたから食後の甘味に、と買って帰った。  そうしたらロンが私のオルゴールを床に叩きつけようとしていた。あまりのことに気が動転してワーワー騒ぐだけ騒いで飛び出してきてしまった。そうせざるを得ないほどに混乱してしまったのだ。  私はロンと、ヴ

          スターチスの花に水をまく/17:錯覚

          スターチスの花に水をまく/16:無月

           どうにか出来なかろうか。アデールのオルゴールを前に考える。しかし学なきあたしの頭ではろくな案は思い浮かばず。  昨日アデールはこの小箱は本来音が鳴るものなのだと教えてくれた。今は亡き彼女の夫である魔王様から贈られたものだとも。だとしたらあたしも聞きたい。魔王様がどのような音を好まれたのか。半分は魔族であるからか魔王様への関心は自分でもびっくりするくらい高い。 「うーん、やっぱり開けてみなきゃわからないかな」  ひっくり返すと底に蓋のようなものが付いているので多分ここを開けれ

          スターチスの花に水をまく/16:無月

          スターチスの花に水をまく/15:オルゴール

           自室の片付けをしていたら懐かしいものが出てきた。蓋を開けてみるも反応はない。ねじを巻いてもうんともすんとも言わない。 「うーん、壊れちゃったのかなあ」 「なんだそれ」  ロンが横から覗き込む。ぱっと見は確かに小さな小箱だからなんだかわかりにくいかもしれない。 「これね、オルゴールなの」 「オルゴール?」  そもそもオルゴールを知らなかったらしい。確かに細工が面倒だし、必需品ではない装飾品だから、王都では多少流通していても地方までは出回っていない。私だってこれをもらった時に初

          スターチスの花に水をまく/15:オルゴール