負け犬の心をなぶる街頭ビンゴ大会
※この話は前回から続いています。
ビンゴ1位を当てた持ってる男
30代半ばくらいの茶髪の男が、カードを高々と掲げている。人のいいホリエモンといった雰囲気だ。運を持ってる男。
えっ、もう当たったの?!
ビンゴの餌に吸い寄せられた群衆が、ドロドロした羨望の眼差しを茶髪の男に向ける。まわりの人間は彼が掲げたカードを覗き込んだ。
彼は小走りに主催者のもとへ向かった。照れくさいのか、人混みをペコペコしながら進み、ありがたく空気清浄機を受け取っている。
ふと、猜疑心が心をよぎるN氏。待てよ、この男、なんだかこの空気に馴染んでいないぞ。どこか、客との一体感がない。もしかして、サクラなんじゃないか?量販店Kの社員?そんな雰囲気あるぞ。
だいたい、ふつうはびっくりして呆気にとられながら前に出てくるんじゃないのか?うれしそうにしてるけど、こいつには驚きのリアクションがまったくない。前から知っていたのかもしれない?怪しい…。
微妙な2位の登場、揺れ動く群集心理
これを機に、どうせろくな商品は残っていないだろうという諦めの空気がその場に漂い始めた。
だれかが帰り出したら、みんなが一気に帰るような雰囲気。殺伐とした空気のなか、若い家族連れの幼児が泣き出した。ビンゴが当たらないのが、悔しいらしい。親は必死になだめる。
虚しい目を幼児に向ける大人達。だが、「私が当たったらあげるね」と言葉をかける者はだれ一人いない。
険悪な空気を破ろうと、主催者が声を張り上げる。
「さあ、まだまだいきますよー!2位はなんでしょうか、そうです、これ!お米です!」
お米?微妙である。おばちゃんたちはシビアに反応した。
「何キロあんのよ?」「どれどれ?」「あ、今ちょっと見えたけど小さいよ」「え~もう帰ろうかあ」「いいじゃないの、アタシは楽しくなってきたよ」
母娘で参加中の中年娘のほうが、まだ個人的な事情を叫んでいる。
「寒いし、早くしてよぉ!9時にご飯食べなきゃ困るんだよ、私!」
うれしいと虚しい、狭間の2位
ふたたび、ビンゴがまわり、群衆から次々と溜息が大きく漏れる。すぐ近くの信号が青になり、赤になり、また青になり、赤になる。
女子高生たちが道を通りかかり、うさんくさげな目でこちらを見ていく。もうあたりは暗くなってしまった。すると、何回目かでとうとう声がかかった。
「ビンゴ!」
やられた!しかも、さっきの「9時にご飯食べなきゃ困る」中年娘じゃないか!
「やった!やった!やった!」
娘は大喜びで米を受け取りにいった。ところが、もどってくるとテンションが落ちている。手にかかえられていたのは、いやらしくも金色の袋に入った米。が、小さい。
「3キロしかない……」
老母がなだめる。
「いいじゃないの、ただなんだから。お米はお米!助かるよ!」
そうだそうだ。たしかに、それで「9時にご飯が食べられる」じゃないか。なだめられた娘は奥へ引っ込んで、今度は母親が当たるのを待った。
3位は何だ、何なんだ?
さて、これで目玉は終わりだろう。もう帰ろうかと民衆がソワソワしはじめた。こんな茶番に付き合っていられるか。背中を向けて帰ろうとするN氏。そこへ、主催者の声が響いた。
「続きまして、3位は××××です!」
えっ、今なんて?聞こえない。くそっ、なんだか気になる。米より下位商品なんだから、ろくなものじゃないのはわかってる。でも、でも……。
商品がわからないまま、ビンゴが回り出した。また数字が叫ばれるたびに、たくさんの深いため息が共鳴する。そして、何回目かに太いダミ声の男が叫びをあげた。
「ビンゴー!!」
振り向いてみると、男ではなく女だった。こざっぱりした身なりの、品のいい50代女性だったが、気合いが入りすぎて太い男の声になっていた。
浮かない顔の勝者たち
同時に、さっきまでけたたましく泣いていた子どもの両親も「ビンゴ!」。そしてどこからか、もう一人が「ビンゴ!」
彼らは物欲の弾丸のごとく、いっせいに前へ飛び出した。主催者はその勢いに慌てた。
「す、すみません!商品がないのでじゃんけんで!」
「えーっ、4位と5位の商品くれればいいじゃん!」
「すみません、それがもうないんです!負けた方には記念品差し上げますので、それでどうか!すみません!」
しぶしぶ、じゃんけんに応じる3人。そして、勝者も敗者もなにやら小さいビニール袋に入った商品らしきものを受け取った。
そして、彼らは中身を確認して浮かない顔をした。3位は不明だが、あの顔から察するにろくなものではない。
「あ~、これで終わりかあ」「なんだか、さっぱりだなぁ」という愚痴とともに、民衆は帰ろうとした。が、そのときである。
「ここで泣きのもう1回ということで、どうでしょうかみなさん!さあ、もう1回! もう1回!」
先導して空騒ぎをしかける主催者。人ごみに混じっていた社員も「もう1回!もう1回!」と叫ぶ。
さらに引き留められる負け犬達
しかし、まさかこれからプラズマテレビが出てくるわけじゃあるまい。どうせ、ろくなものを出さないくせに。
そもそも「泣きの一回」とか言うけれど、ガラクタ欲しさに客が泣きを入れる設定なんて失礼じゃないか。
客はだれもかけ声に続くことなく、しらけた半笑いで彼らを見ている。しかし、帰る者はひとりもいない。
「ただ今、社員が商品を取りに行っています!」
もともと考えていた演出のくせに、わざとらしいぞ。もどってきた社員がボックスティッシュの5箱組を高々と空中に掲げた。
「ティッシュ5箱組です!」
オレもここまで落ちたか。N氏は自分が情けなくなった。その先のドラッグストアで、200円前後じゃないか。
ところが、これでも客は誰一人、帰らない。こうなれば意地でもティッシュだけは、と顔に書いてある。
まあ、みんなが残るなら、オレも残ってもいいけど……。自分をごまかしながら踏みとどまるN氏。
そして、ビンゴが回り、数字が呼ばれると、「ビンゴ!」とあっけなくだれかの声が。
「あ~」
ティッシュにこれだけの深いため息をつく群衆は、そういないだろう。
なんという徒労。夜の風が空っぽの心を吹き抜けていく。参加した群衆はまだ後ろ髪惹かれる思いを残しながら、量販店の駐輪場からそれぞれの家路に散っていった。
帰りながら、母娘コンビの老母が文句を言った。
「さっきのあの女の人、ビンゴカード2枚持ってたよ!1人1枚だって言うから、あたしはもう1枚くれようとした人に断ったのよ!こんなことなら、もう1枚もらっときゃよかったよ!」
完
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