[5−9]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
第9話 この男……殿下の戦闘力を知らないのか?
(まさか殿下、緊張しておられるのか?)
ラーフルは、普段とはまるで違う様子の殿下に戸惑っていた。
確かに今回の協議会は、この国の行く末を決める重要な会議だ。だというのに陛下は殿下に全権委任してふて寝──いや病床に伏せっておられるし、閣僚達も「殿下に任せておけば大丈夫だろ」という感じで、まったくもって普段通りに頼りないわけだが……
だから普通なら、緊張するなというほうが無理な話ではあるのだが……
しかしあの殿下が?
そもそも、今の殿下を緊張していると見るにはかなり違和感がある。
緊張というよりも……心ここにあらずというか、上の空というか……
この会議以上に気掛かりなことでもあるのだろうか?
あるいはもしかすると……
殿下は、この協議会以降のことを見据えて、すでにそちらに考えを巡らせているのかもしれない。何しろ、二手三手先を読むどころか、三万手くらい先を読まれるお人だからな。
うん、きっとそうに違いない。まさかこの会議じゃない別のことに気を取られているなんて、殿下に限ってそんなことあるはずないのだから!
わたしは、なぜか自分にそう言い聞かせて不安を押し込めると、協議会場の扉を開ける。
大会議場には、我が国の頼りにならない閣僚貴族が数十名ほどが参席していた。対する反乱貴族はたった一人の全権大使のみ。
これほどの重要な会議だというのに、四大貴族の家長が一人も参加しないとは、よほど臆していると見える。そんなに殿下が怖いなら、そもそも反乱などしなければよいのに。
あるいは、あの全権大使がよほどの切れ者なのか……
わたしは最大限の警戒をしながら殿下を席に案内すると、殿下のすぐ後ろに控えた。
そして、先に口火を切ったのは全権大使のほうだった。
「お初にお目に掛かります殿下。わたしはジハルド・ボリーヴィアと申します。以後、お見知りおきを」
ジハルドは恭しく頭を下げると、にこやかな笑みで挨拶をしてくる。そんな男を睨みながらも、わたしは手早く事前情報を振り返った。
ボリーヴィア家は、本来ならわたしと同じ地方貴族だ。地方貴族というか、何十年も前に没落して、その後は政治にはもちろん、社交界にも姿を現すことのない家だったのだが、どうやら、四大貴族のどこかに身を寄せていたらしい。
そしてあのジハルドという青年が頭角を現し、全権大使を任せられるほど家を再興したとのこと。
確かに、その痩身から醸し出される雰囲気は知的な印象がある。それでいて鍛錬もかかさないのか、ひ弱な感じもない。ただ、にこやかなその切れ目の奥で何を考えているのか……得体の知れぬ不気味さも見て取れた。
そんなジハルドは、形式的な挨拶を一通り済ませた後、いよいよ本題を切り出してきた。
「さて殿下。長話をしていても無意味ですし、単刀直入に申し上げましょう。我々としても、殿下と事を構える気はないのですよ。そして殿下としても、戦争は避けたいでしょう?」
コイツ……! 戦争を避けたいだと!?
そもそも、貴様らが反乱などしなければ戦争なんて起こるはずもないのに、殿下の恩もその忠誠も忘れ、いったいどの口がいうのか……! 厚顔無恥にも程がある!
怒りを露わにしたくなる気持ちをわたしはグッと堪えて、その代わりに拳を握りしめる。
そんなわたしの怒りとは裏腹に、殿下は極めて冷静な声音で答えた。
「ええ、そうですね。いま内戦になれば、双方の利益が削がれるだけです」
殿下のその言葉に、ジハルドは、芝居がかった身振り手振りで言ってくる。
「さすがは殿下! その通りです。状況をよく分かってらっしゃる。我々としても、中流国のそしりはもう受けたくありませんからね。戦争で国力が失われるのは、是が非にでも避けたいところなのです」
国力……国力だと!?
まだどの国からも独立を認められていないというのに、すでに国を成したつもりか!
怒りのあまり、わたしは思わず歯を食いしばるが、しかし殿下は極めて冷静に発言していた。
「わたしは、あなた方が独立したいというのなら止めるつもりはありません」
「ほう? それは意外ですね」
殿下のその台詞に、ジハルドは本心で驚いているのか目を丸くする。
くそ……!
独立容認は事前に聞いていた方針とはいえ……わたしは未だに納得することが出来ず、目を背ける。
もちろん、殿下に対して思うところはまったくない。むしろその逆の理由から、わたしは殿下の方針を受け入れることが出来ずにいた。
殿下がいったいどれほど国のためを思ってこれまで行動してきたのか……貴族連中はまるで分かっていないのだ! それは反乱貴族はもちろん、後ろに控える無能な閣僚もだ!
しかも思いや憂いだけではなく、殿下は常に行動する。さらには、とてつもない成果を確実に生み出し、貴族平民問わず全員がその恩恵を享受していたのだ。
だというのにちょっと豊かになったら、ただ傍観し、嫉妬を口にしていただけの貴族達が「独立するからもう口出しするな」と言ってきたのだ!
なのにそれを認めざるを得ないとは……あまりに殿下が不憫ではないか!
いったい誰のために、幼少のころから身を粉にして働いていたと思っているのだ!
こんな奴らのために、殿下は孤軍奮闘してきたわけではないのに!
わたしが怒りで身を震わせていると、殿下は淡々と説明を続けていた。
「ですがもちろん、ただ独立を認めるわけにはいきません」
それを聞いたジハルドは、肩をすくめて見せた。
「ですよね? まぁですからわたしがこの場にいるわけですが。殿下は何をお望みですか? ある程度なら金銭のご用意も可能ですよ」
「わたしが求めるのは金銭ではありません」
そうして殿下は、戯けるジハルドにはっきりと宣言する。
「二国間においては、民の移動を自由とする──これが独立の条件です」
「……えーと、それはどういう意味でしょうか?」
「言葉通りの意味です。民の移動の自由を認め、これを保証すること。それが独立の条件です」
「つまり……これまで通りに商業を行いたいということですか? だから商人の移動は従来通りとして、さらには関税なども設けないと?」
「違います。商人は元より、農民や職人に至るまで、あまねく民に対して、移動の自由を保証するという意味です」
「………………」
殿下の提案が理解できないのだろう、ジハルドは眉をひそめる。
これについては、わたしも聞いたときにまるで理解できなかったのでやむを得まいが……呆けるジハルドの顔を見て、わたしは少しだけスカッとする。
殿下の発想は、常に先鋭的であり革新的であるのだ。だから凡人であるわたしたちの理解が追いつかないことも多い。多いというかほとんどがそうだ。
今回の件もまさにそうで、臣民の移動を自由にするなんて発想、いったいどこから出てきたのか……もはや目から鱗と言うしかない。
なぜなら臣民は、貴族の財産であるからだ。
殿下とこうして触れあうまでは、わたしもそう信じて疑わなかった。そして殿下の薫陶を受けた今であっても、財産の移動を自由にさせる……などという発想は出てこなかった。財産が、自らの意志で流れ出て行くなんてあるはずがないのだから。
もちろん、上手くやれば勝手に増えることもあるだろう。だがそれは、貴族の手腕次第となる。
だから例え四大貴族が独立を勝ち得たとしても、そこで旧来のような圧政を敷けば、臣民は自らの意志で、殿下の元に戻ってくることになる。
それを見越しての方針なのだ。さらに殿下は、この提案を拒否できないようにも考えておられる。
「もちろんこれは、わたし達にも適応されます。わたし達が失策をすれば、民はあなた方の国へ流れることになるでしょう」
「ああ……なるほど。そういうことですか」
ようやく理解したらしいジハルドは、薄気味悪い視線を殿下に向ける。
「つまり我々が失策をすれば、民はおのずとあなたの元に流れ、我々は貴重な財産を失う。そしてそれはあなたも同じ。つまりはフェアだと? だからこの条件を拒否する理由はないと?」
「ええ、そういうことです」
「くくく……なるほど」
そうしてジハルドは──なぜか笑い出した。
「面白い……実に面白いですよ、殿下」
ジハルドは、愉悦の笑みを浮かべながら殿下を見た──そのようなゲスな視線を殿下に向けること自体が不愉快極まりない。不敬罪で、いまこの場で真っ二つにしてやりたいほどだ……!
「くく……なるほどね。あなたは本当に、お優しい方のようだ」
「民の安寧は望んでいますが、わたしは感情のみで思考しているのではありませんよ」
「ええ、ええ。分かっておりますとも。我々も、あなたに倣って善政を敷けば、国はより発展していくことでしょう。さらにはお互いが切磋琢磨することになり、むしろ国力は向上し、ますます豊かになることでしょう。この提案を受け入れれば、いざというときに協力体制も築けますしね。感情に流されたわけでもない、実に理論的で建設的なプランだ」
「理解が早くて助かります。ならばあえて言いますが、独立するならば、あなた方もそろそろ『国家は民によって成り立つ』ことを知るべきです。この独立がその契機になることを願います」
「ご高説、痛み入りますね」
ジハルドは肩をすくめてみせる──コイツ、殿下の助言など意にも介していないのだろうな! 本当に切り捨ててやりたい……!
そんなジハルドが、皮肉めいた笑みを崩さないまま言ってくる。
「ご高説の意趣返しとは思わないで頂きたいのですが、殿下も一つ、学ぶべき点がありますよ」
「それはなんでしょうか?」
「貴族の自尊心を学ぶべき、ですね。四大貴族は、何も、今以上の富や発展を望んでいるわけではないのです」
「というと?」
「もう、堅苦しい言い回しはなしにしましょうか。つまりは『出しゃばる小娘がどうにも気に入らない』──ただ単にそれだけなのですよ」
「………………」
「さらには、どんなにフェアネスを謳ったところで、民を『自分のモノだ』と思っている貴族達に、その提案はあまりに斬新すぎる。そう簡単に、受け入れられないと思いますがね? もしも拒否された場合、あなたはどうされるおつもりですか?」
そんなジハルドに、殿下は躊躇うことなく決然と答えた。
「そのときはやむを得ません。実力行使に出るまでです」
つまりは内戦も辞さない、という意味だ。
それを聞いたジハルドは──顔を青くするどころか高笑いを始める。
この男……殿下の戦闘力を知らないのか?
本来なら、殿下一人いれば、四大貴族の城も要塞も、何もかもを一瞬で灰燼に帰すことだって出来るんだぞ……!?
わたしは元より、参席する閣僚達も、場違いなほどのその高笑いに唖然としていると、ジハルドがいきなり真顔に戻る。
そして、さらに場違いなことを言ってきた。
「安心しましたよ。殿下」
そうして不敵に笑う。
「であればわたしも、四大貴族を説得できるでしょう」
「では、交渉は成立ということでいいのですね?」
「ええ。まぁあまりに予想外の提案でしたので持ち帰る必要はありますが、四大貴族はわたしが説得してみせますのでご安心を。迅速な条約締結をお約束しますよ」
「では、朗報を期待しています」
「承知致しました。それでは殿下の提案を前提として、細かな調整と確認をしていきましょう」
この男……いったいなんなのだ?
もちろん殿下の提案は、どちらにも損害が出ないように考えられているから、貴族の下らない自尊心さえ押さえ込めれば、文句のつけようもないのだが……
おそらくヤツは、我が国の軍事力──つまりは殿下の戦闘力を背景にして、連中の自尊心を押さえ込む気なのだろう。
まさに虎の威を借る狐。だから殿下に、はっきりと「実力行使に出る」と証言させたわけか……
いずれにしても、すべては殿下の思惑通りに言っているのだが……
しかしなんだ?
この腑に落ちない感覚は……
わたしは、不遜な態度のジハルドに、背筋が凍る思いを抱くのだった。
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