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牛肉を愛した偉人たち ⑫・サンドイッチ伯爵

 食べ物の名前には人名を冠したものがある。この連載の其の弐で紹介したアレクサンドル・セルゲーエヴィチ・ストロガノフ伯爵のビーフストロガノフ。其の六のジョアキーノ・ロッシーニが愛したフィレ肉のロッシーニ風。其の八のブリア=サヴァランと称するフランス,ノルマンディー原産のチーズなどがある。しかし今回紹介するサンドイッチは創始説話の中でも群を抜く知名度である。
 第4代サンドイッチ伯爵の本名はジョン・モンタギュー(1718年~1792年)。おそらくよほどの事情通でないかぎりモンタギューについては不案内と思える。わたしもこの連載を書くためにいろいろ資料をあさって,初めて判ったことだらけであった。
 モンタギューはイギリスの貴族・政治家。海軍大臣や北部担当国務大臣などの要職を務めた一方でジェームズ・クックの太平洋探検航海の有力な支持者の一人として活動し,音楽家ヘンデルのパトロンにもなっている。
 サンドイッチ伯爵の名前はイギリスのイングランドケント州の地名にちなんでいる。サンドイッチというのは本名ではなく,爵位の伯爵(earl)に付随する。ちなみに現在のサンドイッチ伯爵は第11代(1943年~)である。
 しかしモンタギューは国王ジョージ三世との軋轢あつれきや民衆からの不人気などが原因で政界引退を余儀なくされる。
 在任中の実績は乏しく,贈賄,収賄などの悪評があり,私生活も決して模範的とはいえなかった。そのモンタギューを有名にしたのが,当時単に‘bread and meat’などと呼ばれた食べ物がサンドイッチ伯爵の名を取って命名されたことであった。
 18 世紀のフランスの文筆家ピエール=ジャン・グロスレによる『Londres』(1770年)にある次の記述をみてほしい。
 
  国務大臣は公衆の賭博台で24時間を過ごし、終始ゲームに夢中になっていたので、2枚の焼いたパンにはさんだ少しの牛肉を食べる他に生きてはおられず、ゲームを続けながらこれを食べる。
この新しい食べものは、私のロンドン滞在中に大流行した。発明した大臣の名前で呼ばれた。
 
 おそらく伯爵は「これは片手で食べられるし,指も汚れない。ゲームを続けながら食事もできる」ということで大変気に入ったと考えられる。
じつはこれには諸説あって,伯爵の伝記作家ニコラス・A・M・ロジャーは「海軍,政治,芸術と大忙しだったために,伯爵は賭博台よりは執務の最中に仕事机で食されただろう」としている。まあ,しかし前者の説の方が創始説話の面白みと威厳が段違いにあるし,これに与(くみ)することにしよう。
しかし,なにもサンドイッチ伯爵にご足労願わなくてもパンに類する食材に具を挟んで食べるやり方は古代からいくらでもあった。
 一番古い伝承は,古代ローマ時代にさかのぼる。1世紀のユダヤ教の律法学者ラビヒレルが,ユダヤ教の宗教的記念日に犠牲の子羊の肉と苦い香草を,マッツァーと呼ばれる種なし,つまり酵母を入れない平たいパンで挟んで食べたという記述が残っている。ビー・ウィルソンが書いた『サンドイッチの歴史』(原書房)によると,序章の「サンドイッチとは何か」の定義したサンドイッチは,「パンで食物の両側をはさんだもの」となっている。この伝でいくと,オープンサンドイッチやカナッペはサンドイッチには含まれないことになる。逆に米国人の好みが世界に広まったハンバーガーやホットドッグもサンドイッチの一種と言える。事実,マクドナルドの社内規定では,自社のスライスした円形バンズに具を挟む方式の製品を,あくまで「Sandwich」に分類している。
 サンドイッチのフィリング(挟み込む素材)はAからZまであるとされる。すなわちアンチョビ(Anchovy)からズッキーニ(Zucchini)まで,何を挟んでも構わない。
 イギリスで最も有名なサンドイッチと言えば「キューカンバーサンドイッチ」ですね。本格的な英国式アフターヌーンティーによく登場するスライスしたきゅうりをパンに挟む、非常にシンプルなサンドイッチである。
 きゅうりの発祥は、ネパールとブータンの間に位置するヒマラヤ南麓地帯”シッキム地方”が原産といわれている。インドでは3000年以上前には栽培されており、西アジアでも紀元前にはきゅうりの栽培が定着していた。
きゅうりは『世界でいちばん栄養が少ない野菜』と言われている。そのようになったきっかけは、きゅうりが『Least calorific fruit 』最もカロリーが低い果実として、ギネス世界記録に登録されたからであった。カロリーが低い=栄養がない、と誤解され広まってしまったようですね。
確かに、きゅうりは可食部100gあたり14キロカロリーと低カロリーだが、カリウム、ビタミンK、ビタミンC、食物繊維もしっかりあるため、消化を助けたり、血圧を下げたり・・・と、人間にとって必要な働きをしてくれている。
 きゅうりの生育適温は18~28℃で、冷涼な気候を好むが、霜には弱い。貯蔵最適温度は10~12℃である。(私の野菜ソムリエプロとしての学殖?が役立った)。
 そのため、イギリスの気候では栽培しにくいものでした。さらに、産業革命以降、工業化が進むにつれて農地も減少したことによって、さらにきゅうりは貴重な食べ物となっていった。
 19世紀 ヴィクトリア朝時代に習慣化されたアフタヌーンティーは、貴族の社交場として発展していく。
 そのような中で、新鮮なきゅうりを使ったサンドイッチを提供するということは、貴族が招待客に対して、自分は「きゅうりを栽培するための広大な土地を所有している」、加えて「温室も持っている」、「きゅうりを上手に栽培することができる使用人がいる」、と自身の財力を誇示することができたというのですね。
 つまり、高級食材きゅうりを使った『キューカンバーサンドイッチ』は、貴族にとって自分のステイタスを見せつけることができる、最高のメニューだったようだ。
 
映画の中のサンドイッチ
 2020年の秋にシネマカフェが“映画ごはん”再現企画を実施した。そこでは『かもめ食堂』のコロッケサンドや『たんぽぽ』,『海街diary』など代表的なものから『オールドボーイ』の異国料理のマンドゥ餃子など、映画で印象的な料理8種類をピックアップし、投票を行っている。
 これで堂々の一位をゲットしたのが『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』のキューバサンドである。 
 ロサンゼルスにある一流レストランの総料理長、カール・キャスパー(ジョン・ファヴロー)は、メニューにあれこれと口出しするオーナー(ダスティン・ホフマン)と対立し、突然店を辞めてしまう。ある日、思いがけずに訪れたマイアミで、彼は絶品の“キューバサンドイッチ”と出会い、なんとフードトラックの移動販売を始めることに! マイアミからロサンゼルスを目指し、究極のサンドイッチを売る旅に出る…。
 なお,レシピについては紙幅の都合で紹介できないが各自でお調べ願いたい。
 5月に非常に興味ある映画を観た。沖縄のやんばるを舞台にした『HAPPY SANDWICH~幸せのサンドイッチ』(岸本司監督)である。この映画がこのほど,ロサンゼルス日本映画祭の「ベストスクリーンプレイ・アワード(最優秀脚本賞)」に選ばれた。エグゼティブプロデューサーの大朝(おおとも)將嗣(まさし)さん(68歳)は「受賞をきっかけに世界中の人に見てもらい,やんばるやそこに住む人たちの思いを伝えていきたい」と意気込んでいる。
2023年4月から国内外で上映が始まった本作。本島北部のやんばる地域に住む料理人の満名匠吾が,カミンチュ(神人)から「神様にささげるサンドイッチを作るように」と告げられる。サンドイッチを作るためにやんばる地域に根を張り,「食」に向き合う人たちと交流していくストーリーである。
どうやらSandwichは今日も無限の可能性と魅力を秘め続けているようである。

                初出:『肉牛ジャーナル』2023年12月号

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