提灯記事

さて、例によって、新型レヴォーグの記事の反応を拾って答えてみましょう。

まずは、100万円値引きされても旧型は買えないと筆者が書いたことに対して「新型の出来が良いのでつい書いたのだろうけど、旧型のオーナーがいるんだからオブラートに包め」というご意見。

それはですね。「全部いいクルマ、素晴らしいクルマ」と書けって言う意味になるのですよ。だってひとりもオーナーがいないクルマなんてないのですから。つまりこの人は無自覚に「大差があると思っても、ぼやかした提灯記事を書いてくれ」と頼んでいるのです。

もちろん気持ちはわかります。だから「旧型のオーナーには申し訳ないが」と書いてあります。そんなことを「つい書いた」りしません。はっきり自覚的に書いてます。

実はね。本気で論拠を提示したダメ出しに対して、メーカーはまず文句を言ってきません。少なくともボクは言われたことがない。部署名が間違ったりしていると「訂正してください」という申し入れがありますけど、それはもう明確な間違いなので直します。

でも製品への正当な批判は、文句なんて付きません。マツダだって「Mazda3のディーゼルは買うな」とまで書きましたが、文句を言ってくるどころか、社内でエンジニアが奮起して、数ヶ月後のCX-30までに欠点を直してきました。そして「池田さんには負けたくないんで頑張りました」と言うわけです。それには深々と頭を下げましたよ。マツダのそういうところは尊敬に値します。

トヨタに至っては、ヤリスみたいなクルマができるのにアクアを売るのはおかしいとか、TNGA世代のカローラシリーズが出そろったにもかかわらず、ダメな先代カローラが一部商用として残っているのもメーカーとしての基準がダブルスタンダードだからやめろと書きました。これも怒られていません。

おちょくるような批判や、自分をエラく見せるための批判なんてみんなバレます。ボクは「批判は愛か怒りを持って書け」と教えてくれた先輩の言葉をとても大事にしています。一番大事なのは読者。だから適当なことを書いてはいけません。でも本当のことを書くのは大変です。優秀なエンジニアが何年も掛けて作った製品を否定するのです。批判というのはそういうものであることに自覚的でなければなりません。

だから常に批判された側が、納得できる様に書かないといけません。そしてできれば、それが日本全体の幸せに結びついて欲しいと思っています。

例えばエンジニア氏は、本当はそこを直したいと思っている。けれども予算や時間の問題でできない。でも外部からそれが論理的に批判されて記事になれば社内の風が変わることもあるのです。予算や時間や人がもらえる。それでクルマが良くなれば、結果的にユーザーにメリットがある。

そう考えれば、褒めること、批判することは、社内で対立的にある「推進派 vs 反対派」みたいな綱引きに対して「こっちが正しい」とエールを送ることでもあるのです。

レヴォーグで言えば、新型がよくなったとしてもその差は大きくない。旧型だって充分良かったと言えば、いまスバルの中で起きている改革に水を差すことになりかねません。それはできないし、やってはいけないと思うのです。実は今回、スバルの幹部からわざわざお礼のメールをいただきました。そんなことは滅多にないことです。説教シリーズをすごく真面目に捉えていただいたんだと思います。だから、今回の記事は嬉しかったと言っていただきました。

時系列的に言えば、ボクが説教を始めるより前から、スバルはちゃんと改革を始めていましたし、どう考えてもボクの説教から始まった改革ではなかったはずです。ただ、もしかしたら途中でそれが揺らいだ時にホンのわずかでも改革推進派の後押しができたのかもしれません。そんなことはわからないですけれど。

以前カムリがTNGAになった時、チーフエンジニアに「これ旧型には死んでもらうことになりますよ」と言いました。一瞬顔を曇らせたその人は「技術の進歩っていうのはそういうものです」と言いました。そうなのです。技術の進歩は残酷です。今まで愛されて来たものを過去のものにしていくのです。もちろんエバーグリーンという概念もあって、ある部分を取り出せば、何十年も前の製品なのにむしろ優れているなんてこともありますが、それは一部の名車の話であります。

さて、最後に、ボクがITmedia ビジネスオンラインにホンダの記事を書かないのは残念だ。是非書いて欲しいというリクエストがあり、それに付いた読者のレスが「筆者はホンダの試乗会によばれないらしい。ストレートな人だから過去に何かあったのかも?」とのことでした。

いやいや、ここまで書いて来たように、メーカーから怒られたことも喧嘩になったこともありません。ホンダと日産にはボクはまだ発見されていないというか、是非呼びたいと思われる存在ではないということです。

それはそれで各メーカーが決めること、ボクがとやかく言うことでも無いし、恨みがましい気持ちもありません。より良い記事を書くこと、その結果として呼ばれたり呼ばれなかったりするわけで、それ以上でもそれ以下でもないのです。もちろん呼ばれれば行きますし、記事も書きます。ダメならダメ、良いなら良いと。そういうことです。

お気持ちの投げ銭場所です。払っても良いなという人だけ、ご無理のない範囲でお使いください。