「世代間の氷河期世代に対する認識のズレ」の誤解

さて、先日書いた「氷河期世代との会話」がコメント欄でだいぶ議論になっていました。氷河期世代ユニオン代表という方から反論をいただいたのですね。

まあ伝わらないものだなぁと思いつつも、意見そのものは人それぞれなので、一度説明したのだし、別に重ねて説明しなくてもいいかなと思っておりました。しかしながらわざわざ、それに対するnoteを書かれたようで、考え方は色々ありましょうが、少なくともボクのnoteを彼が解釈した要約はあまりにも意図と異なる誤解なので、そこを中心にこの話をしてみようかなと思います。ちなみに彼の要約は以下の通りです。

「氷河期世代は今の幸せを噛みしめろ、全て自分の選択の結果だ、文句を言うな」

そんなこと欠片も、1ミリも思ってませんし、書いておりません。結論から言えば「氷河期世代の人のうち1人でも2人でも誇りの持てる人生を取り戻して欲しい」ということを書いたつもりです。

学校を卒業する年と不況が重なったことにより「普通に生きる」という選択肢を奪われたのです。

それはもう全くその通りです。氷河期世代に落ち度があるなどということは、少なくとも新卒時においては全くありませんし、それ以降についても「落ち度」とは思っていません。気づかない選択肢はあったと思うとだけ書いています。

宮沢内閣の不良債権処理の根回し失敗による先送りがなければ、あんな残酷な就職難は起こらなかったはずで、これは間違いなく政治の失敗です。

そして宮沢内閣がそうした失敗をした背景は、常に日本下げ論調を崩さないメディアのミスリードの影響が大きかったと思います。不良債権処理とは、具体的には銀行に公的資金を注入することですから、「銀行だけ助けるのはズルい。モラルハザードだ」と報道が騒ぎ、それを世論が後押ししました。その結果不良債権処理が遅れ、玉突き的に氷河期を産んだことになります。氷河期世代は日本下げの最大の被害者だからこそ、日本はもうダメだ論に安易に乗って欲しくないのです。

さて、ここからが本論になります。就職氷河期は一般に2005年までとされていますから、最後の氷河期世代からほぼ20年が経過しています。大変不幸な世代であることは、同時代を見てきたひとりとして強く思いますが、タイムマシーンが発明されていない以上、その時代に戻ってやり直す方法はありません。ここは多分ご理解いただけないと思いますが、どんなに不幸であっても、それはすでに所与の条件です。幸せになるには、過去は変えられない現実として、その先を考え、変えて行くしかないのです。

とすれば、取れる方法は2つしかありません。ひとつは、政治の責任であることを国に認めさせて、金銭的保障を受けることです。しかしそれだけの運動を展開し、法案を作り、施行されるまでどれだけの時間がかかるでしょうか。そしてそれで得られる金銭的保障はどの程度になるでしょうか。個人的な予想ですが、おそらくは大変な時間と労力をかけて、10万円くらいの一時金で終わる予感がします。もちろんそんなもので償えるかとボクも思いますが、生涯にわたって生活費が出るような落とし所があるとは思えないのですね。ひどいとは思いますが、多分現実はそういうものです。

氷河期世代の人が本当に幸せになるにはどうするか。それには自分の力で稼げる状態を手にいれるに勝るものはないと思います。「それができないから苦しんでいるのだろう」。と言いたいのは予想がつきますし、おそらく全員が漏れなく幸せになれる方法はありません。

ましてや心や体を壊している人に対しては、生活保護以外に現実的な方法はないでしょう。なのでこれは是非、氷河期世代について、生活保護の認定を簡易かつ優先にする法律を作るべきだと思います。

残る健康な人には、心の底から「頑張ってください」と思うのです。そして多分こここそが今回の誤解の大きな原因だと思うのですが「頑張れ」とか、「きっと方法はまだある」という素直な応援の言葉を「われわれを怠惰だというのか」とか「それを選ばない自己責任だ」と読み替えてしまうことです。

現実の話として、20年取り組んで、結果が出ないのだとしたら、今までのやり方のどこかを変えるしかないはずです。それはやり方が良いとか悪いとかの話ではなく、そのやり方では解決しないということが時間をかけてやってみて証明されたということです。少なくとも同じやり方で今後道が開ける確率は相当に低いです。だからやり方を変えようよというのが前回書いたnoteの趣旨です。

では何を変えるか。そのヒントはこの方ご自身がすでに明確に定義されています。

非正規雇用として社会人生活をスタートさせた人たちは、その職歴が評価されないために再就職が上手くいかず、辛酸を舐め続けている人が多いのです。

その通りだと思います。だとすれば、例えいまさらでも、とにかく第一ステップとして職歴が要らない仕事でスキルを積み、職歴を構築するしかないと考えるのが論理的でしょう。迂遠に思えてうんざりするでしょうが、職歴が制約因子ならそれを解決しなければ先に進めません。

だからこそ、前回のnoteでボクは一例としてトヨタの期間工の例を挙げたのです。別にトヨタじゃなくても、大手メーカー系の期間工は職歴構築への近道だと思います。もちろんもっと他の仕事でもなんでも良いのですが、とにかく職歴がいるのです。それを捕まえれば次に進める。

前回のnoteでは、例としてボク本人と、会話相手の彼女が、足掻いているうちに、足がかりを捕まえた話を書いたのであって、別にマウントを取ろうとしているわけでないのです。そんなマウントで何の得もありませんしね。

少なくともトヨタのケースでは給与は日本人の平均年収を上回る額であり、社員登用の道もある。そこからステップアップできるルートがあるのではないですか。もちろん当面、自分がやりたい仕事ではないかも知れないけれど、1段目を飛ばして上に上がる方法はそう簡単にはありません。むしろそれは当事者の方がよくわかっているのではないでしょうか。

だからまずは職歴を作りましょう。誰でも必ず採用されるというわけではないでしょうが、氷河期世代の人のうち例え100人でも幸せになれるかも知れないならやってみる価値はあるのではないですか。

そして幸いなことに期間工はほぼ年中募集していますから、何度でもトライできます。ボクは採用側も経験しているので、募集する側の事情が毎回違うことを知っています。何かの事情でとにかく大勢人が欲しいこともあるし、どこかの世代が特に必要なことだってあります。あるいは極端なケースを言えば、募集内容以上に履歴書が整っている人とか、すでにどこかに安定的に勤めている人は避けたい場合もあるのです。だから一度落ちても次も同じではないのです。

メーカー系期間工がどうしても嫌ならばフリーランスか起業か、これも職歴は要りません。ただし、お分かりの通り1段目への難易度はより高いです。

そして、これも多分嫌な言葉に聞こえると思いつつ書きますが、そういう選択肢はこれまでも常にあったということです。それは怠惰を責めているわけでも、選択肢があるという「今の幸せを噛みしめろ」という意味でもありません。切羽詰まった環境下ではなかなか気づきにくいよね。でも道はきっとあるよと、そう言っているのです。

お気持ちの投げ銭場所です。払っても良いなという人だけ、ご無理のない範囲でお使いください。