自分にとっての自動車評論という仕事

さて、ITmedia ビジネスオンライン年末恒例の「今年乗って良かったクルマ」の記事を書いた。

で、コメント欄に、「呼ばれていないメーカーのクルマも乗ってインプレッションを書いてくれ」という書き込みがいくつかあった。えーと念のために書いておくけれど、これについては別に気分を害したり、怒ったりしているのではなく、まあ知らんぷりするのもアレなので、愛読者との交換日記みたいなものだと思って、ざっくりとしたこちらの事情も説明しておくかなと思った次第。いや実は結構書きにくいんだけれど。

まずは、仕事としての話。これは書きにくくない(笑)。ボクの場合、もちろんクルマそのものが好きだからこういう仕事をしているというのはあるのだけれど、ハードウェアとしてのクルマはその一部でしかなくて、そのメーカーが何をしようとしているのか、あるいはどういう社会情勢やマーケット事情の中でその製品を作って来たのかの方が興味のメイン。ただ、そういう事々が最終的にはクルマの形になって商品化されるわけで、乗って試してみないと最終的にはわからない。だから試乗もするというのが基本スタンス。

例えば、「可処分所得が多いのは実家住まいの30代独身女性」という分析があって、だからすこし高級な仕立ての軽自動車を作ったとする。けれども乗ってみると、アシが硬い。クルマはむしろ男らしい。分析と出来上がった商品がどうもちぐはぐ。みたいなことが起きていたら、それは乗ってみて初めて分かった話。だから試乗は大事だと思っている。

ただし、池田直渡という書き手の仕事の中で、いわゆるインプレッションは、主な商い品目だとは思っていない。いわゆる「走った。曲がった。止まった」の話は、むしろ書き手がいっぱいいて、ネットにいくらでも記事がある中で、わざわざ競争率の高いとこで戦うつもりはあんまりないのだ。ただクルマを巡る色んな事々を考える上で、今のクルマがどうなっているのか、どのメーカーの技術は今どこに向かっているのかみたいなことはとっても重要なのだ。だから乗る。でもインプレッションはそんなに重要じゃないし、書かなきゃならないとも思わない。日産のノートには3日くらい前にもタイムズカーシェアで乗ったけれど、それをわざわざ書くかなぁという気持ちだ。

ひとつには、メーカーは自社でちゃんと管理していないクルマでインプレッションされることを嫌う。それは半分くらいは同意できて、例えばタイヤの銘柄が指定銘柄じゃないとか。空気圧だってどうだかわからない。あるいは「カーシェアだから」と荒い扱いを受けて本調子じゃないかも知れない。メーカーが嫌がることはある程度無視するにしても、その理由そのものは必ずしも無視してい良いこととは思わない。そこへ本人がインプレッション志向じゃないってのが加わるので、余計わざわざ書かなくなるのだ。

一方、付き合いのあるメーカーからは試乗会に呼ばれるので行く。こっちも実はインプレッションより、そのクルマをどうしたくて作ったのか、あるいはその結果としてちぐはぐじゃないかの検証がメインであるのは変わらない。ただ、まあせっかく枠を押さえて呼んでもらっていることには、社会人としての基本的感謝はあるし、枠は有限なので、筆者が呼ばれた分呼ばれていない同業者もいると思えば、多少はインプレッションも書かないとという気持ちになる。むしろ気持ちの問題。

けれども優先順位は高くないので、筆者のインプレッションは解禁日目がけて掲載されることはまず無い。むしろ他の人が散々書いたあとに遅ればせで掲載になっていると思う。メイン系のネタが尽きたり、あと同じ傾向の記事ばかり続く場面で、ある意味箸休めみたいなつもりで挟んでいるのだ。

という書き手側のスタンスよりも、読者は割とインプレッションに期待しているなというのが今回のコメントを読んだ率直な感想である。一方で媒体側というか担当編集は、もちろん筆者にインプレッションなんて期待していない。まあ「あっても良いですよ」とか「たまにはクルマそのものを書きますか」ぐらいのスタンスなのだ。だからちょっと意外だと思った次第。

さて、書きにくい方の理由。これはビジネスとしての自動車評論という仕事の話。結局金の話をしなきゃならなくなるので、なんとなく避けてきたのだけれど、そこを説明しないと多分伝わらなさそうなので。

まず、web媒体の原稿料は、原則的に文字数に関わらず1本いくらで決まる。行数稼ぎだなんだって言う人がいるけれど、そんなのはカウントされない。そして、いよいよ核心だけれども、その単価ってのは、下は1本2千円くらいから、上限が3万円。なお3万円もらえる人はその媒体において1軍レギュラーを超えて、不動のクリーンナップ級の評価だと思って欲しい。

そしてたまに、ある種引き抜きみたいな条件提示で4万円くらい払われることがある。ただし、これはもうほとんど編集部では決済できず、上と掛け合って初めて提示される引き抜き用の特別金額。筆者の場合、昔はともかく、今はまあ大抵は上限でもらっている。というか何らかのしがらみが無い場合3万円を最低ラインにしている。縁故や何かで単発の場合だけ、例外的に受けることもあるけれど、基本それ以下はNG。

偉そうだと思われるかも知れないが、ちょっと暗算して欲しい。3万円の原稿を週2本書いて、1ヶ月いくら稼げるか。しかもそれは売上で、そこに経費がかかる。試乗会にはカーシェアを借りて、高速代を払って行く。取材日の日当も出ない。行った日は出費だけで、それを別日に原稿に書いて初めて3万円。実働2日、経費1万円を除外すれば利益は2万円である。ついでに言えば試乗会や発表会(含むオンライン)が月にどのくらいあるかと言えば、11月は20回あった。12月は今の所11回だ。これは記事にしなきゃ1円にもならない。そして全部が全部記事になる様な内容のものではない。オフレコの話もあるし。まあ要するにに、商売としては崩壊していると言っても良い。

何でそんなに原稿料が安いのかは、とある媒体の人が説明してくれた。

例えばランサーズ(フリーランスライターの募集サイト)で、原稿を書きたい人を募集すれば、原稿は1本200円で調達できます。もちろんクオリティはゴミかもしれません。でも編集部で上手く釣りタイトルを付ければ、それなりにビューが取れます。これを100本用意しても原稿料は2万円。池田さんの原稿がいかに素晴らしくても、100本分の釣りタイトル記事にビューで勝てないんです。

まあもちろん、そこの媒体はそれで良いと思っていないから、筆者に原稿を依頼しているわけだけれど、社内にはそういう意見の人もいるわけで、その反対を押し切って、原稿料に5万円払えるかと言えば、そりゃ難しいだろう。

こういう構造の中で、「試乗会に呼ばれないなら、レンタカーでクルマを借りてでもインプレッションしないのは何故なの?」 という疑問を投げかけられているわけだ。

この業界には広報車というものが存在する。媒体で定期的に仕事をしている人がメーカーに連絡すれば、基本タダで貸してもらえる。けれども業界慣習として、返却時は洗車満タン返却が基本。何故ならば、広報車は言わばモデルであり、手タレや足タレでもある。どこをアップで撮っても良い様にいつでも仕上がっていなければならない。ということは細かい傷も御法度で、もしわずかでも傷つければ弁償が基本。要するに広報車の借り出しは試乗会よりリスクもコストも高い。それと細かいが借りている間の駐車場代もバカにならない。1日1000円の駐車場代でも積もれば結構な額だ。

なので、媒体は「借りるならそちらのコストとリスクでお願いします」となる。そこまでして借りる人は少ないので、今は借り出しが減ってしまっているらしい。今まで説明してこなかったので誰も知らなくて当然だけれど、実は「今年乗って良かったクルマ」は毎年秋口から1週間くらいクルマを借り出して、1台1000キロ程度は走っている。記事内容から言って、それを参考にクルマを買う人もいるかも知れないので、ちゃんと長距離乗って確認が必要だと思うからだ。

クルマにもよるが、この長距離取材では1台で4万円くらい掛かっているから、今年の4台は16万円のコスト。それに対して原稿は1本である。そんなことは年に1回だからできることで、しょっちゅうやってたら破産する。同業者からは「丁寧な仕事してますねぇ」と半ば呆れ気味に言われるけれど、まあそんな風に思ってくれるのは同業者だけである。

結局、自動車評論家という職業は原稿を書いても成立しない。ユーチューバーとして成功するとか、講演で稼ぐとか、筆者の場合は何度か書いている通り、地方自治体とかのパンフレットみたいなものを作ったりという編集制作仕事で補っているから食えている。

そう言えば、本で儲かっているだろうと言われるが、今回の「EV推進の罠」は確かに少し儲かった。けれども、それは結果的に売れたからで、そうなるまではアテにはならないと思っていた。

一応、これもどういう商売か書いておくと、本体価格1500円かける刷り部数をベースにして、一般に印税は10%。今回はそれに対し著者が3人なので均等割り。たまたま売れたので初版5000部に対して、発売5日で追加増刷が1万部あった。あとは計算して欲しい。業界でちょっと話題になるくらい売れてもそんなものなのだ。

ということで、クルマ借りて書いてくれって言われても、もう結構サービスしているつもりなんだけどなぁという話。あと自動車評論家なんて儲からないということでもある。それでも筆者の場合、ほとんどの媒体がいつも「もっと書いてくれ」と言ってくるので、頑張って書けば1本3万円にはなる。金に困ったら牛丼屋でバイトするよりは原稿を書いた方が良い。ただし、うかうかと話に乗って粗製濫造すれば、読者にも編集者にも愛想を尽かされると思うので、そこはクオリティを落とさないことを考えて行かないとダメだと思っている。

お気持ちの投げ銭場所です。払っても良いなという人だけ、ご無理のない範囲でお使いください。