世界中でバッテリー生産が加速する話を理解するための「ずっと手前からの話」

バッテリー戦争が始まった。気候変動を理由に、CO2問題を人類の重要課題であるとして、電動化を推し進めようとしているのは明らかにEUだ。そもそも振り返れば日米は1970年代から、大気汚染問題に積極的に向き合って来た。

有吉佐和子の『複合汚染』の新聞連載開始が1974年、翌年には書籍化されて流行語になった。昭和51・53年(1976・1978年)の厳しい排ガス規制を乗り越えて、今の日本がある。公害を解決しないといけないという極めて単純なことに欧州は2000年代になって気がついた。

ここには少し規制の差異があって、日米で取り組んでいたのは公害、つまり主にNOx(窒素酸化物)の削減である。CO(一酸化炭素)やHC(炭化水素)の削減は技術的にさほど難しくない。要するに燃料に対して空気が足りてないのだから、混合気を薄くすれば良い。ところが混合気を薄くすると、炭素と酸素のペアバランスが崩れる。全体としては混合気を薄くする方向なので、余るのは酸素だ。燃焼の熱を受けてエネルギー余剰を解決するため何かと化合したい、つまり相方にあぶれた酸素が、本来安定的な窒素と化合してしまい、結果的に通常自然にはあまり無いNOxが発生する。ちなみに最後のxは「数が未定」ということを表しており、つまり窒素といくつかの酸素が化合したものを言う。

NOx自体は無害だが太陽光で光化学スモッグに変質する。これが喘息などを引き起こしていたわけだ。日本ではこの問題を酸化還元触媒と酸素濃度の緻密制御でクリアし、1980年代には後顧の憂い無く、パワー競争に突入していったのである。

国連傘下にある「気候変動枠組条約締約国会議」が1990年代から、「地球温暖化」を問題として取り組み始め、1997年に初めて具体的規制案が盛り込まれた京都議定書が採択された。早くから排ガス問題に取り組んで来た日米両国に対し、欧州の言い分は「いやいやCO2の方が問題でしょ?」という立場であった。当時「20年も遅れて来といてずいぶん上からな言いぐさだな」と感じたのが正直な感想である。

さて、そのCO2削減について欧州が切り札として持ち出して来たのがディーゼルエンジンだったのだが、これが問題だった。確かにCO2の排出量は少ないのだが、NOxとPM(粒状物質 要するに煤)をしっかり規制しなかったために、パリやロンドンと言った大都市の大気汚染が酷いことになった。光化学スモッグである。世界最大の過密都市である東京では多数のトラックが走っているが空気がキレイなのは、ちゃんと規制をしてきたからで、やるべきことをやってこなかった欧州とは違うのである。

やむなく、欧州のEURO規制にもNOxやPMの規制を後追いで追加したのだが、元よりそれだけの技術がない会社がそれだけ急激な規制に追いつくはずもなく、インチキプログラムで測定結果を誤魔化すフォルクスワーゲン(VW)のディーゼルゲートが勃発するのである。

現在欧州の大都市で「内燃機関の乗り入れ規制が始まった」とEV派の人達は鬼の首を取った様に言うが、筆者にしてみれば「今頃光化学スモッグ問題が深刻化していることの方が時代遅れ」としか思えない。欧州は環境意識が進んでいるのではなく、遅れているのだ。状況的にはソアラブーム、シーマブームの前くらいである。

ということで乾坤一擲だったはずのディーゼルがコケてどうしようもなくなった欧州は本当はハイブリッド(HV)に進みたかったのだが、そっちはトヨタの特許で身動きが取れない。やむを得ず次のエースに据えたのがEVであり、ここまでの歴史を振り返ってみれば、EVとは欧州のポンコツ政策の落下先である。

せっかくなので、その辺りの裏話をすれば、欧州が定めたCAFE規制(企業平均燃費)というのがある。これはメーカー毎に規制地域内で販売したクルマ全部の平均CO2排出量を規制しようというものだ。言ってみればクラスの平均点で罰金を設けるよという制度。

これにEVで挑んだVWとハイブリッド(HV)で挑んだトヨタの成果が面白い。今のルールではEVはCO2排出量ゼロ(ルールがライフサイクルアセスメント方式になると変わる)で、対するHVは良くて1キロ走行あたり70グラムを切るくらい。そりゃEVの方が優秀だよね。という話に実はならない。2020年のCAFE規制をクリアしたのはEV専門メーカーを除けばトヨタだけなのだ。一生懸命EVを作ってEVファンから期待の星の様に言われているVWは1000億円オーバーの巨額の罰金に苦しんでいる。この罰金の話は後述する。

さて平均燃費を下げるにはどうするか?  平均値を下げるならばおおよそ戦術は決まってくる。例えば学校のクラスの平均点を引き上げようとすれば、優等生が頑張るのは当然としても、劣等生の方もなんとかしなければならない。足を引っ張る劣等生を平均点に近づけたい。さもないと、優等生が稼いだ分が、劣等生の穴埋めに消化されてしまい、平均点は上がらない。

例えば20年のCAFE規制の目標値は1キロ走行あたりCO2排出量95gだ。当然これより成績の良い優等生をたくさん売って平均排出量を引き下げ、同時にCO2排出量が95gを超える劣等生を可能な限り平均点に近づけなくてはならない。

つまり、特定のクルマのCO2排出量だけ上げてもダメで、販売台数全体をどうコントロールするかに依存するのだ。だからCO2抑制効果が高く、かつ、安くて台数売れるクルマの燃費を改善するコストの低い技術が求められている。いくらゼロエミッションでも、高くて少ない台数しか売れない技術では平均が下げられない。クラスで1人だけ100点、他の生徒は変わらずだったら、平均はほとんど動かない。

満点を取れるEVを作ったVWは、EVを普及させるほど価格低減ができず、巨額の罰金に沈み、満点こそ取れないものの、平均点以上の生徒を大量に生み出したトヨタがCAFE規制をクリアした。これが現実である。トヨタが「環境技術は普及させなくては意味がない」という理由はこれである。

さて、この状況はすでに数年前から世界中のメーカーはわかっていた。それはそうだ。販売状況が見えてくれば、電卓を叩けば一目瞭然の話である。だから多くのメーカーがトヨタの門を叩いた。「HV技術を売ってくれ」という話だ。トヨタの幹部に聞いた所によれば、こうした問い合わせがあまりにも多いため、トヨタはHVの特許を無償公開するとともに、外販部門を設立し、500人の専属エンジニアを配置した。

何故そこまでしなければならないかと言えば、各社の依頼内容が手間の掛かる話だからだ。例えばトヨタのHVシステムをエンジンごと丸のまま提供してくれということなら話は早いのだが、各社にもプライドがある。自社製のエンジンとトヨタのHVシステムを組み合わせたいと言う。そうなればエンジンとモーターシステムの摺り合わせをゼロから開発しなくてはならない。そんな業務は片手間ではできないので専属部署を作ったのだと言う。

すでに部署立ち上げから5年先までの仕事は予約で埋まっており、売上規模1000億円というが、前述の幹部は「この仕事は儲かるわけじゃないです。しかしトヨタのシェアは世界中でせいぜい11%とか12%くらいしかないんです(世界シェアをそれだけ取っておいての言いぐさに筆者は吹いた)。地球環境を改善するには残る八十何パーセントの人達にも一緒に頑張ってもらわないといけない。だからわれわれはそういう部署を立ち上げて、世界中の自動車メーカーの平均点引き上げ(CO2的には引き下げ)に協力しなくてはならないと思うのです」と言う。

ついでに言えば、この「開発仕事」をトヨタは世界中のエンジニアリング会社に手伝ってもらうつもりでいる。具体的に名前が挙がっているわけではないが、リカルドとかAVLとか、マグナとかそういうエンジニアリング会社は世界中に沢山あって、それらはすでにメーカーからの開発仕事を請け負っている。彼らにエンジンとハイブリッドシステムの摺り合わせ技術を伝授すれば、トヨタが請け負い切れない仕事は彼らが進めてくれるという寸法だ。

もちろんトヨタは慈善事業をやるわけではない。最低限の利益は部品収益や開発請負代金の中から得るのだそうだが、その事業を拡大したいほど儲かるわけではないというのは、トヨタが開発を独占する気がなく、エンジニアリング会社に業務を振ろうとしている話でよくわかるだろう。

さて、どこにも収まり所がなかったCO2排出量の罰金の話だ。何度も書いている通り、企業全体での、走行1キロあたりのCO2排出量(例えば2020年は95グラム)基準が定められ、これを1グラム超過するごとに、1台あたり95ユーロ(129.84円レートで換算して1万2334円)の罰金が課せられる。

この罰金を払うか、規制をクリアしたメーカーから余剰枠を買うかが選べる。例えば今期テスラが黒字になっているのはこの排出権取引のおかげで、クルマの販売そのものはまだ赤字である。余剰枠の売買は当然罰金の額でキャップを被せられる。罰金より高い額を競合社に支払うバカはいないからだ。ただしその範囲においてはオークション的に、高い価格を付けたものに販売されるわけである。

さて、ここまでが世界中でバッテリー会社がどんどん設立されている話を理解するためのバックグランド編である。本編は続けて書く予定である。

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