「ヤリスの何がどう良いのか?」について寄せられたコメントへの回答

さてITmediaビジネスオンラインに書いた『ヤリスの何がどう良いのか?』という記事についてITmediaのコメント欄に以下の様なご意見があった。例によって文意を抽出してリライト。

>どうしてフロントガラス倒すのか? Aピラーも太いし視界が悪くないのか? オプションの回転座席があっても、倒れたAピラーに頭ぶつけるのではないか?

とてもまっとうなご意見だと思う。筆者も健康的な車内空間のためには、基本的にAピラーは立っていた方が良いと思う。ただピラーの太さに関しては、今の衝突安全基準をクリアするためには太くならざるを得ないのではないかと考えている。昔のクルマはピラーが細くて上品だったし、そのおかげで視界も広かったけれど、今の安全基準を守りつつ細くするには、もう少し技術の進歩が必要なのだと思う。

おそらくホットプレスの高張力鋼板を使えば、単純な衝突安全だけならクリアできると思うのだが、それで強化できるのは、降伏点の底上げ、あるいは塑性域の引き上げであって、弾性域の変形耐力は、ピラーの外径寸と板厚に依存せざるを得ない。平たく言えば、高張力鋼板は衝突には有利だけれど、ボディ剛性には不利なのだ。だから高いボディ剛性を持たせつつ、衝突安全も高くしようとすると、ピラーが太くなってしまうのではないか。

さてフロントガラスの倒れ角について言えば、今、トヨタとマツダは割と倒れている。立てているのはスズキとダイハツだ。まあついでにいえばトヨタだってライズの様なダイハツ開発のクルマはそこがちゃんとしている。

特に小型車のリヤドアというかCピラーとルーフが形作る角の部分をキリリと四角くしているので、乗り込み時の頭入れの楽さではこの2社のクルマはとても優れている。ただ、角をナマしてRを大きく取った方がボディ剛性は確実に出る。そのあたりはエンジニアリング的に何を優先するかの話で、この問いを寄せた方と、メーカーの思うプライオリティが違うということだと思う。

一方で、1月の新型ハスラーの試乗会でエンジニアに聞いた話では、立てたフロントウィンドーのせいで、信号が見えにくいという苦情も上がっているそうで、ハスラーはモデルチェンジにあたって、フロントガラスの上下長を上に伸ばし、上方視界を改善することに力を入れたとも言っていた。

そういう面では、倒れたフロントガラスを上方に引き伸ばしているヤリスの方にメリットがある。だから倒れていた方が良いとは言わないけれど、倒れていることにもメリットはあるのだとは理解すべきだろう。

では、それがガラスを倒す理由かと言えば、きっとそれは主たる理由ではなかろうと思う。おそらくそれはターゲットとする市場の差ではないか。

コメント主はこの後「Bセグコンパクトなので、実用性を重視すべし」と持論を展開しており、そこは筆者も理解できる。

ただし、Bセグメントには、基本新興国向けと先進国向けの2つの商品が存在する。新興国でのBセグメントは車両価格の安さが求められており、ちょっと大袈裟に言えば、安くて大きい方が喜ばれる。お金が無い中で求めるファーストカーでありファミリーカーなので中が広いほど嬉しいし、大きく立派に見えることはステイタスに繋がる。

例えば先に挙げたライズ/ロッキーはもうひとつ下のAセグメントであるにも関わらず、リヤシートを可能な限り実用的に仕立てているし、後席の乗り降りにもしっかり配慮しているのがわかる。ボディ剛性ももう少し上げる可能性を諦めてまでドアのオープニングラインを四角くしているのだ。

一方で先進国用のBセグメント、それはつまりヤリスやデミオ(Mazda2)のことだが、こちらは小さいことに価値がある。先進国で1家族で複数台のクルマを所有する層にとっては、広い車内を必要とする時はファーストカーが別にあり、Bセグは2台目なので、狭い所に入って行けたり、駐車が楽なことが重要だ。と同時に、デザイン性への期待が高い。

ヤリスのデザインがスタイリッシュであるかどうかは個人の好みもあると思うが、少なくともトヨタのデザイナーは、そういうものを志している。実用一点張りの合理的な造形をしようとは思っていない。それはMazda2も同じ。限られた寸法の中でどうやって、スタイリッシュな商品として認められるかに留意している。

で、ここからは色んな見方があるのだと思うが、自動車のデザイナーは、倒れたフロントガラスとAピラーをスタイリッシュだと思っている。これはどうもそういうものらしい。今まで各社のデザイナーに「どうしてフロントウィンドーをもっと立てないのか?」という質問をしたことが何度もあるが、その問いにピンと来ている様子は一度も見受けられなかった。

つまり彼らの中では、倒すか立てるかに迷いなど持っていないということだ。もし内心もしかして立てた方がいいかもと思っているならば、そこでもう少し前のめりになっても良い。しかしならないのである。

と言うことで、お気持ちはわかるが、そもそもそういう実用性を求める人に向けたものでは無いらしいとも言える。いやそこは筆者も多くの矛盾を感じるのだ。助手席に荷物の落下を防ぐプレートを付けたり、回転シートのオプションを付けたり、そういうバーサティリティと言うかユーティリティの領域では一生懸命実用性を上げようとしているエンジニアがいる一方で、デザイナーはひたすらスタイリッシュを目指す。その辺は統一的には考えられていないのかもしれない。

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