内燃機関の寿命が伸びたかもしれない

コロナ騒ぎであまりフォーカスが当たっていないけれども、原油価格が大暴落している。

1バレルあたりの原油価格は2014年には100米ドルだったものが、年初には55ドル、最安値では25ドルを割り込んだ。背景にはサウジアラビアとロシアの経済戦争がある。

歴史を辿れば、原点は先進国の横暴だ。中学生の時に社会の授業で驚いた話を思い起こせば、産油国との交易で、原油を水と物々交換するなどという非道が行われていたという。タンカーいっぱいの原油をタンカーいっぱいの水と交換というフェアネスのかけらもない無茶な話だ。いわゆる白人が世界に対してやってきた歴史的なことごとにはこういう呆れる話に枚挙のいとまがない。もちろん、社会の先生の与太話だったという可能性も無きにしも非ずだが、少なくともそういう話が授業で語られるほど、買う側が好きな様に買い叩いていたのだ。

そういう搾取に対して産油国が連携して価格統制を行おうとしたのが、OPEC(石油輸出国機構)で、1960年に設立された当初は、イラン、イラク、クウェート、サウジアラビア、ベネズエラの5カ国で構成されていた。産油国が協調して生産量を抑制することで石油価格をコントロールしようとするもので、まあカルテルと言えばカルテルだが、そうしなければ水と等価交換という様な非道に甘んじることになるのだとすれば一概に責められない。中東のいくつかの国が一躍、金持ち国家になったのはこのOPECのおかげだ。

とは言え、全ての産油国がこのOPECに加盟するようなことにはなるはずもなく、OPECが支配していたのは、ピークでも全世界の産油量の5割程度である。非OPECの産油国は、米国、メキシコ、カナダ、英国、ノルウェー、中国、マレーシア等で、顔ぶれをよく見てみれば、北海油田組の英国とノルウェー。アメリカ大陸組の米国、メキシコ、カナダが軸で、そこに中国大陸組が後からくっついた形だ。要するに搾取していた側連合である。

さて、原油に限らず、地下資源というのは採掘コストと商品価格の関係でビジネスが成立するかどうかが決まる。つまり採掘技術が発達すると採掘コストが下がって、従来はビジネスが成り立たなかったところでも採掘ができる様になる。だから時代と共に産油国は増えていき、やがてOPEC加盟国は15カ国になり、2016年末にロシアなどの非加盟産油国10カ国が加わって「OPECプラス」が成立した。

ロシアは、地下資源に恵まれており、原油と天然ガスが国を支える重要な収入源となっている。というか有り体に言えばそれ以外に何も無い。だからこそ地下資源の売り上げはとても重要なのだ。

さて、ここで突然「シェール革命」だと叫びながら米国のエネルギー産出量が急増する。側でみていて面白いのは、シェールガスは埋蔵深度が深く、採掘コストがかかるので、OPECの原油価格高値維持がなければ成立しない。つまりOPECはわざわざ生産調整をすることで、米国のエネルギー産業を結果的に応援することになった。そしてシェールガスのおかげで、米国は自国内で使うエネルギーを自給自足させた上で、余剰を売る側に回った。

これは非常に大きい。旧来の産油国から見れば、第一に世界一の石油消費マーケットである米国のマーケットが突如消失した。第二に米国市場が消えてパイが小さくなっているところへ、アメリカが分け前をもらう側に参加してきた。

そこで、昨年末にブエノスアイレスで行われたOPECプラスの席で、サウジアラビアは、減産による価格維持を提案した。ところがロシアが乗らない。「シェールガスの時代に、本当に減産すれば価格が上がるのか?」という、至極まっとうな疑義を突きつけた。ロシアにとっては、売り上げの総額が大事なのであって、単価を維持したところで販売量が落ちれば売り上げは減ってしまう。単価重視のサウジとは微妙にスタンスが違う。話し合いは平行線で、ロシアは首を縦に振らない。

そこでサウジは超強硬策に出た。突如、近年なかったほどの大増産を開始した。元々埋蔵量も豊富で、採掘コストの低い良質な油田を持つサウジは、叩き売り勝負に出たらどこにも負けない。要するに大増産によって、ロシアの採掘コストを下回る値段で投げ売りしてロシアを兵糧攻めにした。状況的には米中の経済戦争にも劣らないロシアvsサウジの経済戦争が進行している。これが原油価格暴落の原因である。

しかし、ロシアも引かない。プーチンはこういうチキンゲームでは引かないタイプだ。サウジにだってアキレス腱はあって、本来原油価格を上げたいところなのに投げ売りしているので、いつまでも続けられるわけではない。むしろそれによって通貨安がすでに始まっており、決して余裕綽々とはいかないのだ。

俯瞰してみれば、シェール革命が引き起こした状況ではあるが、アメリカも無傷では済まないだろう。元々シェールガス産業は採掘費用が高い。現在の原油価格ではシェールガス産業が倒れてしまう。

さて、これが何を意味しているかと言えば、OPECが作り出したカルテル体制の終焉である。もう原油価格を産油国がコントロールできる時代が終わった。つまり何か新しい要素が加わらない限り、原油価格はもうそう簡単に上がらない。

そこへ持ってきてクルマの方もすごいことになっている。トヨタの新型車、ヤリスはちょっと丁寧に走れば実燃費でリッター40キロ走る。30年前の4倍だ。

EVのバッテリー問題が期待ほどには進まない昨今、誰も期待していなかったハイブリッドの燃費向上がとんでもないことになっている。これに原油価格の暴落によるガソリン価格の大幅な値下がりが加わったら、イニシャルコストを加味したランニングコストで、EVには勝ち目がない。少なくみても10年くらいは、内燃機関の寿命が延長されたと考えられる。OPECの終焉とトヨタのHV技術がその背景だ。

しかしこれは由々しき問題でもある。経済的メリットが内燃機関側に需要を誘導すれば、脱化石燃料の動きは必ず鈍化する。

さらに、今世界経済は大恐慌の縁にある。数週間後には、多分その流れが今より色濃く出てくるだろう。「金勘定に夢中になって環境をないがしろにしている」という批判が同意を得られた時代が終わる。現実として、経済によって多くの人が死ぬだろうし、そういう側面があるからこそ筆者はこれまで、「環境と経済は共に極めて重要だ」と主張し、環境派の極端な意見に異を唱えてきた。しかしそのトレンドが変わる。これからは「経済も大事だけれど、環境のことも無視していいわけじゃない」と主張しないとならない様になるだろう。

内燃機関の寿命は伸びた。しかしそれが喜べることなのかどうかはまだわからない。



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