水素推しって、どうしてそうなるの?

マルチソリューション推しの池田です。

記事を読んでくれている人の理解力と言うか、煽り気味の言葉で言えば「知性」のレベルは色々で、ボクが「地域や用途でそれぞれ最適なシステムを選べば良いよね」とずっと書いていることをちゃんと理解してくれている人と、是々非々で書いてある中から「是」と「非」を恣意的に拾い上げちゃう人が出て来ます。残念なことです。

「EVですか? EVに向いている用途もありますし、EVならではの利点もありますよね」と「EVに優れているところはありますが、苦手な局面もありますよね」は全く矛盾することなく両立するのです。

水素に関しても全く同じ。大型長距離トラックに関して言えば、「カーボンニュートラルを目指して行く中で現状で最も適性があるのは水素」だと思っています。でもそれが今のインフラを前提に、「個人所有の乗用車に向いているとは思えない」のも事実です。

まあトヨタは今、福島県の浪江町のFH2R(福島水素エネルギー研究フィールド)を題材に、30万都市を原単位に水素エネルギーシステムの実装実験を始めていて、これが普及する20年位先になれば、全国にある程度水素インフラが整うかもしれませんが、それはあくまでも未来のポテンシャルであって、現状のインフラをベースにするなら乗用車に水素は向かないと思っていますよ。

ただし、それは一般論で、例えば港区とかにお住まいだと、あの辺りは何故か水素ステーションだらけで、なおかつ新型MIRAIの航続距離は長いので、そういう地域にお住まいの方限定ならもう使えるでしょう。それは「自宅に充電設備があるならEVは実用的でしょ?」と全く同列です。もちろん戸建てなら自費で設置できる充電設備と、外部インフラなので港区限定みたいな話は、全体を見ればイコールじゃ無いので、EVに適性のある環境を整える方がハードルは低いです。けれども、環境が整っているケースだけシンプルに抜き出せば、同じですよという話です。

何度も書いているので端折って書きますが、長期的には再生可能エネルギーのしわ取りには、水素は必須になってくるので、EVがエコな電力で走るという目標を目指す限りは、それと表裏一体の関係で水素社会もやってくるということです。

この話をするとEVのバッテリーをグリッドに繋げばしわ取りができると反論する人が必ず出て来るのですが、「さて明日は遠出だから満充電にしておこう」と充電したはずのクルマから、「電力不足なので電気借りました」とかやられたらどうするのかと。バッテリーの損耗に繋がる充放電回数を勝手に増やされ、自分のために貯めといた電力をこっちの都合も顧みずに抜かれ、みたいな話をEVユーザーが全部受け入れるんでしょうかと。挙げ句に「そういう社会インフラの一部になってもらうために補助金を付けて、減税してるんだから拒否権なんてないぞ」みたいに言われたら嫌だろうと。

まあ結局、ボクがこうやってEVの場合だけ、問題点を書く分量が増えるのは、ひとえに反論が多いので、突っ込みに備えなくてはならないからです。「水素のインフラが不便だなんてことはあり得ない」みたいな反論はどこからも来ないので、「水素はまだ不便だよね」と書いて、さらりと終われるわけですよ。なのでまあ突っ込めば突っ込むほど、こちらの防戦は行数が増えていきます。そりゃ当然でしょ?

さて、先日その水素について珍しく突っ込みがありました。「池田は元々700気圧は危ないと言ってたのに最近水素推しだよな」みたいな話です。

はい。700気圧というのが尋常な圧力ではないという認識は今でも変わっていません。可能なら水素は何らかの方法で常温常圧液体化すべきだと思っております。ちなみに700気圧ってのは、仮にコンクリート建築のビルの内側に瞬時に掛けたら吹き飛ぶくらいの圧力です。MIRAIのタンクは大した容量ではないので、ビルの駐車場の空間を700気圧で満たすことはありませんから、ビルが吹き飛ぶことは起きないでしょうが、純粋に圧力の強さとしてはそれくらいありますよと。まあやっぱり普通に考えて怖い圧力なのですよ。

余談ですが、純粋に圧力の話をしているのを読み取れない人がたまにいて「水素の熱量はくぁwせdrftgyふじこlp」みたいな寝言を器用にもキーボードで打ち込むのです。挙げ句にそういう人はボクの記事を「中身の気体が何であれ700気圧は危険」と引用しながら、何故か蕩々と水素の熱量がガソリンより少ない話を始めたりするので厄介です。

さて、話は戻ります。これに対して、トヨタは炭素繊維巻き付け工法によるタンクを作りました。銃で撃てば穴は空きますが、その穴をきっかけにタンクは裂けません。穴から吹き出すだけなら減圧に時間がかかるので、まあまあ安全です。

ちなみにスナック菓子とかの袋に使われている2軸延伸ポリプロピレンみたいに何も無いところを引きちぎろうとしても簡単に破れないけれども、ちょっと切り欠きを作るとそこから引き裂ける様な素材の特性は「引裂強度」と「切り欠き感度」であらわされると、30数年前に兼坂弘先生の記事で教わりました。何せ記憶が古いので名称が間違っていたらごめんなさい。切り欠き感度はググってもあんまり出て来ないので少し不安になっています。

で、トヨタの炭素繊維巻き付けタンクは、引裂強度が強いのと同時に切り欠き感度は低いと。というよりも切り欠き感度を下げるためにわざわざあんな工法にして高コストかつ車載時の体積効率が悪くなる形状を採用しているわけです。

ただし高圧水素のパイプはあちこちに引き回されているので、パイプ内の圧力による圧力波はリスクとして可能性があります。でもこれは容量がパイプ内の体積限定なので規模が小さい。MIRAIの水素系はあちこちに隔壁を設けていて、万が一漏れれば、シャットダウンする設計になっているので、部分の破損が全体には及ばないことにはなっています。その隔壁が作動しなかったとしてもパイプの断面積は知れています。だからまあタンクさえ大丈夫ならいいでしょうというのはまあ理性的にはわかります。

ということで、現状それなりの安全は確保されているとは思いますが、700気圧の水素タンクが普及し、色んなメーカーが作り始めて台数的に多くなると、流石に社会リスクとして嫌だなぁとは今でも思っています。安全に対する意識の低い企業が作ったタンクは水素の評判そのものを落としかねません。

ということで、水素もまだまだ発展途上。今のままで諸手を挙げてウェルカムとは言いません。ただ、EVでもFCVでもアーリーアダプターという存在は、普及の初期段階として必須なので、そういう少数派の人が使えば良いというものとしてはどちらも及第点には達しているかなと。ただし「池田が勧めたから買ったんだ」と言われても困ります。色々と不便がある中で未来の夢に個人の判断で賭けられる人だけが手にすべきものであります。



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