「あんたらが安易に発達障害なんてつけるから!」と言われた話

なぜだろう。
ずっと忘れていたのに、今日ふと学生時代の一つの体験を突然思い出しました。

ただ、思い出してみると私が今までやってきたことや、考えていることに深く繋がっている体験なような気がして、整理の意味も込めてここに書いておこうと思います。


私がまだ臨床心理学を学ぶ大学院生だった頃の話です。
なぜどんな経緯でその方と出会い、お話することになったのか文脈は完全に忘れてしまいましたが、その方は商店街の空き店舗を活用して若いママたちを支援する子育てサークルのようなものを運営されておられる女性でした。

本当に本当に、心の底からその方は憤っておられました。

その怒りの対象が目の前の私に向けられたものだとは理解出来ましたが、私なんて卑小な存在は突き抜けてもっと別なものに向かって叫んでおられる、そんなようにも感じました。

にこやかに話されていたその方が突然変貌されたのは、私が臨床心理学を学ぶ院生であること、発達障害に関心があり学んでいることなどをお伝えした直後のことでした。

あまりの急展開に全くついていけず事態が理解出来なかった私ですが、彼女の言葉から少しずつ発達障害という言葉と、その言葉を使う「専門家」側の立場にいる私に対する怒りであることがわかってきました。

彼女はこんなことを言っていました。

「あんたらが発達障害なんて言葉を作って、安易に簡単に考えなしで子どもに使う、その裏側にどんだけの思いをする親の気持ちがあるかなんてわからんやろ!」

「ほんまに、あんたらみたいな人がおることで迷惑してるねん。ほんとやったら幸せなはずの親子の時間が、発達障害言われただけでお母さんたちどん底に傷ついて、立ち直られへんねんで!幸せ奪ってるんやで!」

「一番最悪なのは、子どもにつくレッテルや!一回そうやってついたレッテルは一生その子についてまわって、障害者としての人生を送らなあかんのやで!」


当時はまだ発達障害者支援法の成立する少し前、世の中に知的な能力に遅れのないタイプの発達障害が知られ始めたばかりの頃でした。

その時はただただ困惑するばかりでしたが、今なら彼女が何にそんなに怒っていたのかわかるように思います。彼女が子育て支援をしながらどんな事例に出会われていたのか痛いくらいに想像もできます。あれから随分時間は経ちましたが、発達障害を取り巻く世界は少しは良くなったでしょうか?

そうやって考えると、彼女にぶつけられた言葉に

「もうそんな時代じゃなくなりましたよ。今はもう大丈夫ですよ。」

そんなふうに答えられるようになりたくて、ずっとこの領域にいるのかもしれません。あの時は何も言えなかったから。


乱筆乱文、お付き合い頂きありがとうございました。



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