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砂漠が綺麗なのは


"砂漠が綺麗なのは、どこかに井戸を隠し持っているからだよ"
(星の王子さま/サン=テグジュペリ)

という一説がしばらくの間、僕の関心ごとの一つだった。

PCTを歩き始めて12日目のこと。

僕は砂漠の真ん中で井戸を見つけた。

今までの人生で経験したことのない、すべての生命を拒絶するかのような乾燥しきった荒漠な褐色の世界は、毎日僕を感動させると共に確実に僕をすり減らし続けていた。

水や食料は一体どれくらい持つのが適正か、自分が1日に歩ける距離はどれほどなのか、この頃は何も理解できていなかったので、常に緊張の糸が張っている状態だった。
少しの計算ミスは致命的となり得るし、自分の英語にもそこまで自信を持ってなかったので、あの頃は人との接触をなるべく避けて自分の殻に閉じこもっていたと思う。

「君が良ければ僕らと一緒に歩こうよ!抜かしたくなったら抜かしてくれて構わない。」

その日、そう声をかけてくれたseanとmasonは僕に何かをもたらしてくれそうな気配を持っていた。

いつだって湖面に雫を落とすのは今まで触れたことのないなにかだ。

彼らとは歩くペースもそこまで違わないので一緒に歩くことは心地良い時間だった。

日本人と会うのが初めての彼らはひとしきり僕を質問攻めにした後、

「仕事は何してんの?」

と聞いてきた。

「僕はテーラーをしてたんだ。ずっと服を作ってて、なにかを変えたいと思ってPCTを見つけたんだよ。君たちは?」

Mason
「僕はまだ大学生なんだ。」
Sean
「実は俺はこの前卒業してさ、ほんとはなにか仕事をしてるはずだったんだけど…今は夢の生活をしてる最中!って感じかな!俺たちは夢の暮らしの真っ只中だ!!そうだろ、ナオト!?」

彼はそう天に向かって叫んだ後、後ろを歩いていた僕の方を振り向いて屈託なく笑った。

I’m living in the dream

皮肉をいう時や、冗談めかして使われるこの慣用表現がこの時の僕にはとても真に迫る言葉に感じた。

そっか、僕はわざわざ骨の折れる準備を全部終わらせて、やっと夢の日々にたどり着いたんだ。何にビクついてたんだろ。

夢の生活は現実のものとして経験すれば、暑いしキツイし痛いし臭い。
でもまぁ、いいじゃん。それを夢見たんだからとりあえず叶えちゃえば。

あの時の彼の言葉と表情には、小さくまとまりかけていた僕を解放させる何かがあった。

彼らとはこの日を合わせて3日しか会っていない。
けど、EZ PZと呼ばれるようになった肩の力が抜けた今日の僕の在り方は彼らの存在が大きいと思っている。

枯れ果てた大地で見つけた一つの井戸。

僕はこの日のことを、そっと栞を挟んで大切にしまっておいている。

そして、歩きながらその意味を汲む時間が時折ある。

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