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【連載小説】 真実なお隣さん⑥-言葉-

これまでのあらすじ
いやいやながら、地域の役員(お世話係)をしている史江。
どうしても姿を見せない、後任の”お隣さん”に引継ぐため、史江は直接、家に向かうことに決めたのだが……

【連載小説】 真実なお隣さん①-引継-

インターホンを押しながら、あらかじめ整理しておいた言葉を、頭の中で思い返す。

お隣さんとは、ふだんから接点があるわけでもないので、相手の警戒心を解くためにも、まずは訪問の趣旨を丁寧に話すべきかもしれない。
あとは、もうすぐ総会があること、役員がやることを簡単に。
そう、余計なことは言わなくていい。


仕事がら、人と話す機会が多いため、最新のニュースから芸能人のうわさ、地元の小さな話題まで、幅広く情報を仕入れ、どんな話題でも対応できるように準備している。
 
そんな努力の甲斐もあって、若いころは愛嬌の良い娘さんだと、たいへんかわいがられた。
しかし最近は、年を取ったせいなのか、知らないうちに余計な一言を足してしまうことがよくある。
足してしまうだけなら良いのだが、相手を不快にさせたり、仕事に支障をきたすようならば話は別だ。

先日も、契約まであと一息というところまでこぎつけながら、饒舌になりすぎたせいで破談となった。
どの言葉が相手の癇に障ったのかはわからなかったが、あの時は部長にさんざん叱られた。
 

一度外に出た言葉は戻ってはこない。
同じことを伝えるにしても、言葉の選び方ひとつで伝えたい真意が伝わらなくなることもある。
言葉は生き方と同じで、自分で考えて選ばなければ、求める答えは返ってはこない。
繋がりかけた縁を強いものにするか、細くほどいて無に帰すのか、あるいは見せかけだけの強さとするのか。
この年になって、身をもって痛感するとは思わなかった。
 
さっきから、遠くでみゃーみゃーと猫が鳴いている。
それを聞きながら、史江は再び腕時計に目を落とした。
 
それにしても、遅い。


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