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クマを知る

2023年8月27日(日)、東京都の西のはずれ、山梨県との県境近くにある奥多摩の山での自然観察会に参加した。
この自然観察会を企画してくれたのは、一般財団法人「日本熊森協会」東京支部。

この法人の応援会員になったのは、3年前の2021年4月のこと。
フェイスブックでシェアされていた、東北地方でメガソーラーや大規模風力発電施設の建設が自然を破壊しているという問題提起の記事を読んで、これを投稿した熊森協会とはどういう団体かと興味を持った。

それまで、●●(動物)を守れ、系の情緒的なスローガンが好きじゃなくて自然保護団体にはあまり興味がなかったが、熊森のウェブサイトを見たら、クマをシンボルとしてはいるものの活動内容は放置された人工林を広葉樹林に再生する奥山保全や環境教育など実践的なもので、好印象。
26年前の会の発足の出発点が、捕殺されるツキノワグマのニュースに心を痛めた中学生たちとその先生が行政に改善を働きかけた行動だったということに感動した。初代会長を務めた先生から2018年にバトンを受け継いだ現会長は当時の中学生本人だというのだから、筋金入りの市民運動だ。

熊森協会から送られてくる会報誌

とても共感したので、さっそく「応援会員」として入会。
送られてくる会報には、全国27の支部で行っている活動の概要が掲載されており、東京支部がほぼ毎月「奥多摩自然観察会」を実施していることを知って、ずっと参加したいと思っていた。

昨年2回申し込みをしたのだけれど、あいにく2回とも台風と悪天候で中止。今回、3度目の正直でようやく念願かなって参加できた。

東京都といっても、待ち合わせ場所の青梅駅まで電車を乗り継いで2時間近く。そこから、案内人のFさんが出迎えてくれたレンタカーで登山口までさらに2時間弱、ほぼ一日がかりの小旅行である。

登山ルートは初心者向けのコースで、1000メートルちょっとの山頂まで1時間半かけてゆっくり上りながら、そこに棲息する植物や動物たちについてFさんの解説を聞く。
この日は前日に雨が降ったらしく地面が湿気を帯びていて、色とりどりのキノコがあちこちに顔を出していた。

卵のような殻を破って真っ赤な傘が顔を出すタマゴタケ

この登山道は西多摩郡奥多摩町と檜原村の境になっていて、おもしろいことに道の右側の檜原村には植林されたスギやヒノキが整然と並び、左側の奥多摩町はほぼ自然林のままで、まったく景色が違う。
植林された森は単一で冷たい感じだが、自然林のほうは樹種も高さもさまざまな木々が寄り集まっていて、心なしか空気が濃い気がして安らぐ。とはいえ、下草はあまり生えておらず、シカなどの食害によって本来の自然林の姿ではなくなっているのだそう。

右側が檜原村の人工林、左が奥多摩町の自然林
人工林はスギやヒノキなど限られた樹種で、高さもそろっている
自然林にはさまざまな樹種が共生している

さて、Fさんは時々立ち止まって、この木は●●、こういう特徴があって、などと丁寧に説明してくださるのだが、とても全部は頭に入らない。
まずは、熊森会員として最低限覚えておくべき、クマの大好物であるドングリを提供する木を覚えることにする。
なにしろ、「ドングリとは?」ということ自体、あらためて聞かれたら答えに窮する。公園などにドングリが落ちているけど、あれって何の木だっけ??

「ドングリ」とは、実の形状を表しているに過ぎず ドングリという名前の木はありません。
ドングリがなるのはブナ科の樹木で、ブナ科はさらにブナ属、コナラ属、シイノキ属、マテバシイ属、クリ属に分かれます。

植木ペディアより)

さて、奥多摩の森に多いのは「ミズナラ(水楢)」。落葉樹で、ギザギザした葉っぱは秋に黄色く枯れて落ちる。今の時期は、枝の先端に丸っこい緑色の実がついている。
この実は、クマをはじめ多くの動物たちの好物なのだそう。

時折、木の根元に緑のままの実がたくさん落ちているのを見かけるので、なぜかとFさんに聞いてみたら、ハイイロチョッキリという虫が実に卵を産み付けて枝を切り落とすのだという。地面に落ちた実の中で卵が孵り、幼虫は実を栄養にして育つのだとか。
ミズナラは動物だけでなく、虫にも貴重な食料を提供しているのだ。

ミズナラの木の根元にいくつも落ちている未熟なドングリ。ハイイロチョッキリのゆりかご

熊森が定点観測しているミズナラの木が2本あり、実の成り具合を観察したが、この2本にはほとんど実が見られず、「今年は凶作」かもしれないという。
クマをはじめとする動物たちにとっては、食料不足のリスクがあるということ。

今回はミズナラ以外の植物についてはほとんど右から左に情報が流れて行ってしまったので、今後また機会があれば観察会に参加して、少しずつ知識を蓄えようと思う。
今は「観察」するだけだけれど、いつか何かしらの貢献ができたら。

初心者コースの登山道でしたが、急勾配の箇所もあって息が上がりました

ふもとの駐車場にはビジターセンターがあり、山に棲息する動植物の説明パネルなどが展示されていた。特に、クマだけは実物大のパネルがあって、生態の説明や被害に遭わないための注意書き、最近の目撃情報などが丁寧に記されている。

実物大のパネルは、本州に棲息するツキノワグマの雄の成獣。身長140cmほどで、「にんげんの おとなより ちいさいよ」と説明書きがある。よくニュースで「登山客がクマに襲われてケガ」とか「人家の庭に侵入したクマを駆除」などと報道され、クマが恐ろしい動物のようなイメージが刷り込まれているけれど、クマの食事はほぼドングリなどの木の実で、昆虫や小動物の死骸を食べることがあっても稀とのこと。

つい最近、北海道で牛を次々と殺して食べていたヒグマがついに捕殺されたというニュースがあったが、ツキノワグマもヒグマも通常であれば肉食をすることはなく、このヒグマはおそらく、牧場周辺に埋められた牛の死骸をたまたま食べて味を覚え、生きた牛を襲うようになった、というのが熊森の解説である。

少しでも人間に危害を加えたクマはほぼ確実に捕殺されてしまい、その数は毎年2,000~3,000頭に及ぶ。クマの棲息数は正確に数えられていないけれど、全国で1万~1万5,000頭位というのが定説らしい。その2割が毎年殺されてしまうのだから、既に九州では絶滅してしまったのだそう。クマモンをキャラクターに掲げる熊本県に、クマはもういないのだ!

クマモンやクマのプーさん、テディベアといった平和的で愛すべきキャラクターとは真逆の、人間を襲う凶暴な動物というイメージは、一体なぜつくられるのか?ひとえにメディアの刷り込みが大きい。

熊森協会は、クマは臆病で人間の気配を感じれば逃げるから、人間に怪我を負わせるとすれば、鉢合わせして恐怖のあまり爪で引っ搔いてしまったとか、人間が子グマに近づいたので守るために母グマが必死で攻撃したなどやむを得ない行動だと説明する。したがって「襲う」という表現は正しくない、と表現を変えるようメディアに申し入れをしている。

こういった小さな行動を地道に積み重ねている熊森協会。現在会員数は2万人。これを10万人まで増やして、行政などへの影響力を強めることが当面の会の目標だそう。
私も、こうやって活動を伝えることで少しでも貢献できたらと思う。

ところで、まったくの偶然(あるいは必然)なのか、私が熊森会員になって間もない頃、連れ合いが自宅の断捨離中に見つけた大きなクマのぬいぐるみをカフェに持ってきた。いつ誰が買ったのかも覚えていないという古いぬいぐるみだが、「カフェのマスコットにいいんじゃない?」

こんなに大きなぬいぐるみ、邪魔になるだけで迷惑!とはじめは邪険にしてあまり見えない場所に置いておいたけど、それも可哀そうと、クリーナーで表面をきれいに拭いて小上がりの席に置いてみた。
お子さん連れのお客様などがいらっしゃると、たいてい「あ、クマさんだ!」と子どもが喜んでくれる。

クマに思いを馳せるようにという、天の声だったのかもしれない。

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