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新宿の秘密基地に集う、最強に面白い人たち

八月三十一日。断続的に雨が降ったり止んだりしている、ひんやりと涼しい夏の終わりの日であった。

長男の夏休みの宿題も無事に終わり、家族のご飯も作り終わった私の体調は最強に悪かった。その日は低気圧のための頭痛で、暇があれば寝ていた。家を出る直前になって「出掛けない」、という選択肢が頭を過る。とはいえ、この時期に急激な気候の変化に身体がついていかないということは毎年の事であった。今日は、「チャレンジをする日」だと決めたのだ。心に決めたことを破るのは好きではない。私は入念に準備をして、家族を夫に託し、頭痛薬を飲んで、家を出た。

平日の夕方である。山手線の車内はやや混雑していた。その日、大好きな枡野浩一さんの短歌のプリントされたTシャツを着ていった私は、その歌を読もうとプリントされた文字をちらちらと見てくる、乗客の視線が少しだけ心地よかった。

Tシャツ短歌

新大久保で山手線を降りる。雨は止んでいて、ひんやりと湿った空気が身体を包む。騒がしくも眩しい街並みを見て、また頭痛がぶり返してくる心地がした。新大久保はあまり好きではない。

私は逃げるように、”秘密基地”へ足早に歩き始める。歩きながらいろんなことを考えた。何せ、初めての会場での、初めてのライブである。取り置きをしてもらったチケットでライブに行くのも、考えて見れば物凄く久しぶりだった。生憎ライブを見るのには最悪の体調であったが、果たして私は笑えるのか、という状況が新たな挑戦に感じられ、私の胸は徐々に緊張と興奮で満たされた。

見世物小屋

辿り着いた先は、新宿バティオスである。他事務所の芸人さんを追うようになって間もない私にとって、ようやく来れた、憧れの会場であった。最近私が推しているTAP(元・オフィス北野)や、ケイダッシュ、マセキ、人力舎、サンミュージックなど、さまざまな他事務所主催のライブが見られる会場だ。

受付にいた方に声をかけ、取り置いてもらっていた芸人さんの名前を言って中に入る。私の推しているコント師「おりはべり」は、あいにくの欠席だ。だから今日知っているメンバーといったら、野田ちゃん、やす子さん、マンプクトリオのマツクラさんくらいしかいない。しゃばぞうさんを見るのも初めてだ。だから、その日のライブは”知らない”ということが、私にとっては最高の刺激であり、チャレンジであった。

バティオス

新宿バティオスの椅子は、思ったより座り心地が良い。写真でみた印象から、勝手に、懐かしのシアターDのような簡素な造りを想像していたけれど、想像以上に雰囲気のある会場であった。最後列に座っていても客と演者が近くて見やすい構造になっていた。女性と男性の比率はちょうど半分くらいで、年齢層は高め。壁にはライブシーンをこよなく愛するのであろう出資者の名前が連なっている。私はせわしなくキョロキョロと周りを見渡しながら、胸を高鳴らせて開演を待った。

開演時間になると、何の前触れもなく、受付にいたスタッフの方が客席を通って駆け上がるように舞台にのぼってきた。受付の方は、トップバッターのパッキャ雄氏であったのである。完全なる人手不足であった。氏は軽快なステップでギャグを披露し、ワンツーパンチを繰り出す。そのパフォーマンスに会場は大いに沸いた。

そこからはもう駆け抜けるように、最高のパフォーマンスが続いた。最近ゲーム配信をしているというひがもえるさんと、安定感たっぷりのしゃばそうさんのトークから、しんちゃんずさんの刑事コント、ひがさんの漫談、こじらせハスキーさんのスナックネタが続く。どれも最強に面白い。一人一人の演者さんが、真剣にお笑いをやっていて、熱量に圧倒されると同時に、このアングラな地下ライブで、惜しむことなく全力を出し切っている生き様に、潔さを感じると共に”哀愁”のようなものを感じた。

私はコミュ障の陰キャな上に、何の努力もしない上、何の結果も残していない。クソみたいな人間である。けれどこうやってお笑いに触れること――失礼を承知で言うと、決してキラキラしていない人達が、全力で生きているその生きざまを見ること――で、ひどく心が動かされている自分がいた。ステージではジャック豆山さんが華麗なマントを羽織って一国の王になっている。客席に座る一人一人の「国民」と目を合わせながら、「国王」を演じている。最悪のコンディションであったはずの私は、そのネタに腹筋が崩壊するほど笑った。「笑え」「生きろ」と言われているような気がした。初めて訪れた会場であるのに「私の居場所はここにある」とすら思った。本当に思い込みが激しくて、馬鹿みたいであるのだが。それくらいすっぽりと収まって包み込まれたということである。

ひがさんのゲーム配信は、三人くらいしか見ていないらしい。そんな様を捨て身のようにさらけ出しながら笑いに変える姿勢は、まさに哀愁である。淡々としたトーンで演じるウメさんの独創的なフリップ芸は、くすりと笑えるけど、どこか優しくて、哀愁という余韻が感じられた。KOC準決勝に進出したマンプクトリオのコントは、見事としか言いようがなかった。マツクラさんの緻密な台本を演じるもじゃさん、しゃばぞうさんはとても大衆的で、わかりやすくて、聴きやすくて、文学的でありながらポップであった。見事だけど、見事過ぎて、哀愁なのである。正直に言えば「なんであなたたちがここにいるの」と思うのである。

同時にそれは、そのお笑いと哀愁は、「ずっとずっとこんなものが見たかった」と願い続けたものでもあった。私とこの会場にいる演者とお客さんだけが、この最強に面白い世界を知っている。その事実が私に密かな優越感を与えてくれた。このライブを知っているかどうかなんて、そんなこと世間一般からしたら「どうでもいい」のかもしれないけれど、その黄金の優越感はその日以来、私の心の箱庭にしっかりと鎮座して離れなくなったのである。

ライブが終わって新宿バティオスを出るとそこは豪雨だった。”新宿は豪雨~♪”東京事変の曲が脳裏に流れる。時間は九時を過ぎていて、相変わらず頭痛で吐き気がした。けれど私の足は軽快にジャバジャバと雨水をかき分けて進んでゆく。人知れず研鑽し続け、哀愁を纏いつつ舞台に全てをぶちまけている人達からいただいた、ブラックなエネルギーをガソリンにして、季節の変わり目を、この不条理な社会を生き抜こうと密かに企む。

歩きながら、マント姿のジャック豆山国王を思い返した。マスクで隠された私の口元に笑みが浮かんでいることは、当然ながら誰も知らない。

世の中にはまだまだ面白い人たちがたくさんいます。「復活!見世物小屋」来月も開催されるようです。このご時世ではありますが、皆様も万全な対策をしつつ、会場に是非、足を運んでみて下さい。

2021.9.5 nao 拝

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