晴れのち曇り

「人ってなんでただの炎色反応に感動させられるのかな。」

このまま世界を飲み込んでしまいそうなくらい黒く、大きな空には、儚く美しい花弁が咲いていた。

「文系のくせに。」

と君は案の定クスクスと隣で笑っている。

どうやらあの化学教師が言っていた、
「花火大会で炎色反応の話をすると引かれる」
という仮説は彼女には通じなかったようだ。

「そんなこと私以外の女の子に言ったら絶対引かれるからね。」

どうやらあの化学教師が言っていた(以下略)は一般の女性には通じるようだ。

誰かに教えてもらったこの穴場には、周りに人は誰もいない。

ただ夜空に広がる大きな花弁が弾ける音だけが延々と響いている。

ふいに、この心地良さに浸っていてはいけないということを思い出す。

何とか会話をを続けなくてはいけない。

2年前の記憶を必死に辿りながら

「あの赤色はリチウムで黄色はカルシウムだっけ?」

と言ってみた。

君は、まだその話を続けるのか、と驚いた顔を一瞬してから

「カルシウムは橙。黄色はナトリウムだよ。」

と、またクスクスと笑いながら言った。

やはり君には敵わない。

また沈黙。

さっきまで聞こえていた花弁の音ももう僕には聞こえない。

僕は今日もその横顔をこっそりと見つめているだけだ。

夜空には、もうすぐそこまでやってきている夏の終わりを焦るかのように、最後の花弁が打ち上げられた。

「君は私と居て楽しい?」

不意に君がそう呟いた。

夜空に向けられた雪のように白い顔は、とても悲しげだった。

「楽しいよ。」

それだけで精一杯の自分に無性に腹が立つ。

雲ひとつない夜空とは裏腹に、僕の心は今日も曇天だ。

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