なんとなく思い出した母との話。

とあるツイートを見て、自分と母のことを考えた。
人生で母に抱きしめられたことが一度だけある。
もしかしたらもっとあるし当然赤ちゃんの頃は沢山抱き抱えられたんだろうが記憶にはない。
小学1年生の終わりに1番仲良しだった女の子が転校することになった。よく一緒に遊んでた女の子。その子とどうしてそんな風に仲良くなったのかは覚えてない。でもよくその子の家に遊びに行ってた。その子の引っ越しの直前、一番最後に遊んで自分の家に帰った時に母に今日が最後で「◯◯ちゃんともう会えなくなっちゃう」ということを口にしてみたら急に悲しさが現実味を増して涙が止まらなくなった。そしたらふいに母が抱きしめてくれた。ギュウって力強く抱きしめられて、それが無性に恥ずかしくてでも嫌なわけじゃないし振りほどくのも母に悪い気がしてしばらくそのまま泣いてた。なんかドラマとか作り話みたいな光景だなぁってやけに客観的に感じてしまって母に申し訳ない気持ちすら感じてた、とてつもなくくすぐったい記憶。

母のことは尊敬してるし好きだけど、面と向かって好きなんて言ったことないし分かりやすく甘えたことは一度もない気がする。冷静に今思ってもそんな子をよくずっとちゃんと大切に育ててくれてきたもんだなぁなんて思ってしまう。
大人になって東京に出てきて離れて暮らすようになってから尚更その気持ちは大きくなったからある区切りのタイミングで母に(一応父にもそれぞれ)一度だけちゃんと育ててくれた感謝の気持ちをクソ真面目にしっかりと手紙に書いて送った。このまま死なれたらたまったもんじゃないから一度だけでもしっかりと気持ちを伝えておかないといけないと思ってビッシリと書いた。今のところ、後にも先にも親への愛情をちゃんと伝えたことはこれぐらいしかない。

幼い頃から恥ずかしがり屋でひねくれてて無駄に客観的なところがあって、そんな自分でしかいられなかったから、母や父が喜ぶような言葉や態度を素直に見せて伝えられるような子供なら良かったのになぁと申し訳なくなる。そういうのがくすぐったくて無理すぎたことを。
だから、そういうことを屈託なくできる子供の話を目にすると、心から、良かったね、と思う。その気持ちを、全てを、大人になっても恥ずかしがらないでね、なんて。

と、いうお話。

あ、今のところ両親ともにまだ元気とは言えないけど健在なので。一応。あーーー、今年の年末年始は久々に実家帰りたいなぁ。

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