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旧姓の通称使用ではだめだと思った出来事について

突然ですが、選択的夫婦別姓にまつわる個人的なエピソードをひとりでも多くの人と共有したいと思い、これを書きます。

まず、私は選択的夫婦別姓に賛成の立場です。その理由は、生き方の選択肢は多いほうがいいと思うから。夫婦や家族のかたちは当事者自身が決めるものであり、誰もが自分たちにしっくりくる選択肢を選べる社会を望みます。

私自身、結婚で改姓した96%の女性の一人です。もし入籍時に夫婦別姓が選択できたら、迷わず別姓を選んでいたと思います。しかし正直に言うと、旧姓で仕事を続けられているし二つの名字の使い分けに特段の不便も感じていなかったので、いつか制度が実現しても自分は今のままでいいかなと思っていました。

でも、ある出来事をきっかけにその考えは一変しました。今は、もし夫婦別姓が選べるようになったら、すぐにでも手続きをして旧姓である「村井」を公式な自分の名前に戻すつもりです。

通称使用で満足していた

夫婦別姓を選べることに賛成だけど自分は夫と同姓のままでいい、と思っていた理由は、仕事で旧姓を名乗れるから。これに尽きます。

私の仕事は新聞記者です。取材では名刺を配って歩いて取材先に名前を覚えてもらう努力をし、記事にはたいてい文末に署名が載ります。ほかの多くの職業と同様に、名前はまさに看板です。名字が変われば、それまで積み上げたキャリアから分断されてしまう。それは耐えられないと思っていました。

逆にいうと、旧姓で仕事ができればそれでいい、ということでもありました。出産後は、保育園や病院などで子供の保護者として結婚後の名字を呼ばれる場面が増えましたが、生活のなかで仕事とプライベートが明確に分かれていたうえ、自分を名乗る場面は圧倒的に仕事でのほうが多かったため、プライベートで結婚後の名字を呼ばれることは気になりませんでした。

(今思えば、会社勤めだったり会社が旧姓使用を認めていたりしたためにたまたま不便や苦痛を感じずに済んでいただけだったのですが…)

休職して日常から「村井」が消える

昨年の春、夫のベルギー赴任に家族で同行するために、会社の自己充実休職という制度を利用して休職しました。期限いっぱいの3年間。分かってはいたものの、「村井」が出てくる場面はほぼなくなりました。

こちらは日常生活ではファーストネームで呼び合うので名字のことはさほど気になりません。とはいえ、子供の幼稚園の提出書類や通った語学学校のテストにはフルネームを書くし、身分証明書もパスポートも、身の回りの名前表記から旧姓は消えました。前述のとおり名字の使い分けは公私の区別になっていたので、妻であり親の自分だけになった感覚がありました。

ちなみに、ベルギーでは夫婦別姓が一般的だと語学学校の授業でききました。

通称では歯が立たなかった大学院受験

仕事で旧姓が名乗れればいいや、という認識を打ち砕く決定打となったのは、こちらでの大学院受験でした。①提出書類の用意に余計な労力を強いられる②それなのに学生として旧姓使用を選べない、という二重の不利益を受け、海外では通称は通用しないという事実を目の当たりにしました。

①提出書類の用意に余計な労力を強いられる

受験したのは、ブリュッセル自由大学の修士課程。面倒だったのは出身大学の成績証明書の提出でした。卒業後に結婚して在籍時から名字が変わったため、大学に6か月以内に発行された戸籍謄本(もしくは抄本)を提出しなければならず、そのために区役所にも行く必要がでてきました。

InkedInked青学証明書ページ_LI

このとき、私の旧姓「村井」が本当に私と同一人物であることを証明する公的な書類は戸籍謄本しかないのかと気づき愕然としました。(パスポートや住民票、運転免許証への旧姓併記はいずれも戸籍謄本が根拠となり、自分から手続きをしなければ併記されません…と今回調べて知りました)

さらに、成績証明書は旧姓での発行しか許されず、それを大学院に提出するとなると、受験先の大学院にも成績証明書にある「村井」が私であることを証明する必要がありました。そこで戸籍謄本を添付するのですが、この戸籍謄本は日本語でしか発行されません(成績証明書は英文発行)。受験先の大学院のウェブサイトには「英、蘭、独、仏の言語以外の書類は certified translationが必須」とあるため、日本の翻訳サービスに5500円払って翻訳文を用意……というように、芋づる式に面倒な作業が増えていきました。

InkedVUB翻訳説明_LI

成績証明書を提出するまでの道のりを矢印で整理すると、
①区役所で戸籍謄本をもらう→②それを大学に提出して旧姓表記の成績証明書(英文)をもらう→③戸籍謄本の英訳を業者に依頼→④成績証明書と戸籍謄本と戸籍謄本の訳文をセットにして大学院に提出
※在籍時の名前から変更していなければ、免許証コピーで大学に成績証明書を発行してもらっておしまい!

もし、今も戸籍上でも「村井」のままだったなら(結婚しても改姓しない大多数の男性だったなら)、これらすべての手間が不要だったと思うと納得がいかず、どこにもぶつけようのない怒りがこみ上げてきました。

②それなのに学生として旧姓使用を選べない

でも、それで終わりではなかったのです。

大学院に無事合格し、入学手続きをしました。オンラインツールの設定をせよ、との指示があり、言われるままに入力していきました。すると、「おめでとう!これで設定完了。これがあなたのメールアドレスです!」という表示とともに、がっつり結婚後の名字でフルネームのメールアドレスが出来上がっていました。

私はうかつにも、その瞬間まで大学で自分がなんと名乗るかを考えてもいませんでした。けれど、記者としてのキャリアに生かしたいと思ってメディアやコミュニケーションを学ぶのです。それはつまり、私の中では「村井」としての活動にあたる。復職後に生かせる人脈づくりだって期待している。それなのに、「村井」を名乗れないのか。これはさすがにショックでした。

すぐに入学事務局に「旧姓の村井を名乗りたい」と掛け合いましたが、「パスポートの表記と同じでなければいけない」という理由で退けられました。

ならば今からでもパスポートに旧姓併記する手続きをして、再度大学院にアピールすれば、、との助言もいただきましたが、私はそこで断念。力尽きました。もういいや、というのが正直な気持ちです。旧姓併記したところで希望が通るかはわからないし、他にもトラブルがあってそれを解決してやっとオンラインツールの登録までたどり着いたのです。わずか1年間のコースなので、こういうことに時間を割くよりも本を読んだり英語の勉強をしたりして準備に集中したいとも思いました。

入学したら、今後のキャリアにつなげていけるように、知り合った人たちには面倒でもなるべく旧姓の「村井」で記者をしていることを伝えていくつもりです。

まとめ

今回の経験から、これまで通称使用でよしと思えていたのは日本という国のなかで、さらに会社という傘の下で仕事をしていたからにすぎないのだと痛感しました。一歩国を出れば通称使用なんて通用しないし、一つの組織にとどまらずに活動する人ほど仕事とプライベートがきれいに線引きできないため名前の使い分けに伴う困難が大きいと思います。

私の経験なんて取るに足らないほど、夫婦別姓を選べないがゆえに深刻な不利益を被った人は数えきれないほどいるはずです。そうしたエピソードが一つでも多く共有され、具体的にどんな不利益があるかを知ってもらうことが建設的な議論につながると思い、今回、私の個人的な出来事を詳しく書くことにしました。

たとえ日本国内で旧姓の通称使用が広がり、旧姓併記できる公的証明書が増えたところで、「それはあなたの公式な名前ではない」という事実は変わりません。家族との法的なつながりを失うことなく、通称や括弧書きの併記ではない正真正銘のわたしの名前として「村井七緒子」を名乗りたいと、心から思っています。


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