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朝のホームにて〜地球を7周り半。

この街の駅のホームに立ち
電車を待って20年。
この年月の線路沿いの移ろいを
私は見てきた。

ここに立ち始めた頃、
目の前には3軒の建物が見えていた。

右から1軒目は二階建ての住宅
よく見かける傾斜した屋根で
手入れの行き届いたお庭に
松、梅、みかんの木があった。

朝、出勤前にぼんやり眺める
庭の紅梅や、みかん色は
平凡な朝に
元気のビタミンだった。

その左隣は、道から奥に向かって
敷石が幾つか置かれて、その先は
料亭の入口だった。

部屋会席のみの予約店。
店内の廊下をいくつも曲がった
突き当たりの部屋で、私は一度
気の弱いカメラマンを接待した。

料亭の左斜め前は小さな喫茶店。
オーナーが映画好きなのか。
飾り窓に掲げた店名の看板に
映画監督のイラストが描かれ、
LPジャケットも置いていた。
行ってみたいと思いながら、
こういう店は意外と敷居が高い。
私には勇気がなかった。

曜日によって、
ゴミ収集車が来た。
私の通勤電車と収集時間の
タイミングがあったのだろう。

収集に来る男性は
俳優のようなタイプで
ホームからも顔がよくわかった。
黒い目が大きく、少し暗い。
一度見ると印象に残る気配を放っていた。

線路沿いの細い道で
彼は金網ギリギリにトラックを停める。
ミラーをたたみ、手袋をはめ、
道路脇の住宅ゴミをトラックに放り込む。

それから料亭の敷石を踏んで奥に向かう。
数分してゴミバケツ2個を抱えて戻り
トラックのタンクにゴミをあける。
横のスイッチを押して
回転するゴミの様子を見ている。

彼が一度、こちらを見たことがあった。
ずっと眺めていた私は、
思わず下を向いた。
今より20才も若い頃だし、
まだまだ恥じらいがあった。

それからは、ゴミ収集車が来るのを
少し心待ちにしていたように思う。
淡々と仕事をする彼の顔は、いつも
朝向きの表情ではなかった。

電車に乗る場所も乗客も、案外
同じ顔ぶれになる。

5つ目の駅から乗ってくる男性で、
私の座るボックス席の斜め向かいに
いつも座る人がいた。

髪は七三に分けて毛量が多い。
二重の目で鼻筋は通っている。
髭剃りあとが少し青い。
端正な角顔は清潔感があるが、
見た目を気にするタイプではない。

白Yシャツにグレーのズボン。
ベルトは皮が白くなるほどに
使い込んだものだ。

座席に着くと、彼はすぐ
ベルト同様に使い込んだ
茶色の皮鞄から
英語の書類を出す。
大学講師か研究所員か、
論文に目でも通しているのだろうか。 

彼とは降りる駅も同じで、
改札を抜けるまで、
数メートル後ろを
目を離さずに歩く私。
そして自分に、
何やってんの?と、
ひとりツッコミをした。

その彼が、あるとき変化した。
ベルトが新しくなり、
鞄は黒のYOSHIDA製になった。
お、妻ができたか?
そんなことを想像し、ニヤついては
バカおりーぶ、と、
心で自分に笑った。

二階建ての家の住人のことは
意識もしなかったけど、
何年も経ったある朝、
白髪の男性が2階のベランダで
洗濯物を乾すのを見るようになった。

出勤時間が少し遅れた日。
線路脇の道路に
デイサービスのボックスカーが停まった。
車椅子に乗った白髪女性を
介護士らしき人たちが車に乗せ、
白髪男性が車の側で見送っていた。

ある時期、私は数年間、
このホームに立たなかった。
再びここに立ち戻ったとき、
ホーム前の景色は変わっていた。

二階建ての家は
12戸入居のマンションになった。
喫茶店は
1階が不動産屋、2階が歯医者のビル。

料亭も建て替えられ、
テナントビルに変わった。

電車も新しい車輌に変わった。

ゴミ収集車は来ているはずだが、
収集するのを見てはいない。

私はどうなのだろう。
このホームに初めて立った頃から、
変わったことも、
変わらないことも、ある。

そもそも、ここに立つこと自体、
大袈裟かもしれないが、
私には冒険が始まっていた。

時は、常に塗り替えられている。

地球規模でうねっている大きな流れと、
ちっぽけな自分の定点観測。

これらすべてが、
混乱の景色に見える時がある。
何をどうすればいいのか、
わからなくなりそうだ。

ああ!…何かが胸に突き上げて
私は思わず、
空を見上げる。
空の上にも宇宙(そら)がある。

すると、私の中に
浸み込んだ言葉が浮かびだす。

お前が放った言葉や生き様が
地球を7周り半して、
後頭部をポンと突いて戻ってくるぞ。

かつて上司に言われた
この言葉が浮かぶころ、
電車が到着する。

地球を7周り半した言葉や思いが
私の後頭部を突いて戻ったことが
あったかどうか。

確かめる方法なんかないけれど、

あのご夫婦の家も料亭も、
喫茶店の看板も、
ゴミ収集の男性の顔も、
いつだって、ありあり再現できて

それは心を切なく温める。

今日も私は電車に乗る。

今日の私の放った事が
7周り半して戻る未来はどんなだろう。

せっかく生まれてきたのだし、
真心込めて、
目の前の景色を見つめてみる。

するとすべてが、ドラマに見える。
そして感情が通いだす。

そんなふうに電車に乗るのは、
けっこういいものだ。

古いCM、私の好きな曲。これを聴いて車窓を眺めると、また軽やかになる♫

通勤のつぶやきでした。読んでいただき、ありがとうございました。

いただいた、あなたのお気持ちは、さらなる活動へのエネルギーとして大切に活かしていくことをお約束いたします。もしもオススメいただけたら幸いです。