〜アラビアのロマンス〜
思いがけない地で恋をして
そして、もう終わった。
一生で一番短い恋を
記しておきたいと思った。
もう会うことはないから。
アラブの国へ行った。
目的はあるアーティストのドキュメント撮影。
“20年前ここぜーんぶ砂漠。砂だけでした”
ガイドが力説する近代都市の端に
巨大な黄金の額縁が立つ。
額縁上部の中に入って外を眺めると
都市の新旧境目に立っているのがわかる。
世界から新進アーティストが集まる祭典。
王室関係者の来場に備える様子や
多国籍状態のロビーを通ることにも慣れた。
欧米、アジア、北欧。
広い会場は各国のアートであふれている。
会期中は昼夜食事を摂らないという私の性格。
1週間体力を支えてくれたのがホテルの朝食。
帰る二日前、ドジな私が、やらかした場所だ。
コーヒーマシンのアラビア語を見ていたら、
後ろにいた男性が、
何を飲みたいんですか?
それ、ミルクポットですよ、
私はコーヒーカップではなく
注ぎ口のある牛乳入れをセットしていた。
顔から火が出た。
あとはよく覚えていない。
彼がエスプレッソダブルを淹れてくれて
食事の帰りぎわ、名刺を渡され、
私も名刺を渡した。
最終日、ようやく観光をした旧市街。
近代的になる前の生活の場や土産屋が並ぶ。
スパイ映画や冒険映画を思い出していたら
実際のロケに遭遇。
ここから先は撮影だよ、と声をかけてきた人に
俳優ですか?とたずねたら本物の警官。
あなた達を撮影していいか、と聞くと
私も、と婦警が自分のスマホで私達を撮った。
夜、ホテルに戻ったと彼からメールが入って
私はもう空港に向かっていると返した。
彼はその後、違う国に飛び、
私は黄金の都市を発った。
旅先から写真やボイスメールが届く。
顔を忘れたくないから写真が欲しいと。
迷った私は数年前の写真を送った。
あなたも知ってる通り、
今の私はこれより老けていると添えて。
記憶に残してもらうのは
少しでもマシな自分にしたい
だから余計にもう会えなくなっていく。
あなたは若いし私を忘れていいと書いたとき
つくづく自分の年齢が憎らしかった。
ここまで書いたら、さっき、
Don't say like that,…とメッセージが来た。
広大な砂漠を、わずか20年で
世界一の成長都市にした地面にいたせいだ。
急に熱くなった空の向こうの人に
今はまだ満開の桜を飛ばして
私はスマホを閉じた。
若いときから知り合っていて
共に年老いていくことが
どれだけ素敵なことかと思う。
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