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day143 感謝とは。

今日は完全なるOFFの日にした。
土曜に目一杯仕事して、日曜は龍神めぐりで昨日は仕事。今日くらい、さすがにちょっと休もうと。

天気が良いので岩手山神社へ。
何人かいた参拝客もすぐに帰り、ひとりになった。参拝後にゆっくり水を汲ませていただき、龍神さんとお話をする。
先日受け取った水を飲むメッセージについての補足をいただく。少しずつゆっくり、土に染み込ませるように水を飲むと良いらしい。だばーっと飲んでも表面だけ荒らして、浸透しないのだと言う。

先達の本の続きを読みたくて、すぐ近くの風光舎に行くことにした。

毎日相方さんと感謝の報告をしあうワークをしているのだけれど、蓋を開けてみたら、わたしが思う感謝の定義と、相方さんのそれがズレていることに気づいた。

感謝ってどういうことだろう?と、昨晩からうっすら考えていた。
すると神社の参道を歩いているとき、そういうことか、と思った。

それは、自分の弱さを認めることだ。

ひとりでは生きられないこと。それって決定的な弱さだと思っている。弱いからこそ、人と関わり合う。
そしてそれを、当たり前のことだと思わずに生きることが、感謝に繋がる。

自分の心臓も、いや体ぜんぶ、今のわたしに不可欠な存在だ。心臓や呼吸器は無意識レベルで動きを止めないでいてくれる。止まってしまうとき、それは死だ。

地球も宇宙も、正しくリズムを取りながら回り続けている。止まってしまったら、地球は滅びるだろう。

一瞬一瞬、今あることが奇跡の連続だ。
そんなことを感じながら、風光舎で読書を始めると、感謝とは弱さを認めることだと書いてあった。

ちなみにコーヒーの名前は『大地ブレンド』

さてこのあとどうしようかと思ったら、高松の池を散歩したいなぁという気分。
コンビニで惣菜パンを買って、池のほとりを散歩して、途中のベンチでパンを頬張る。

木の枝にカラスさん。素敵だねー、と写真を撮らせてもらうと、こっちのほうがいいのよ、とちょっと移動してくれた。凛としていて素敵。

鴨さんは、今から飛ぶよ!とコチラを見る。

梅の花が咲き始めている。
盛岡にもやっと春が到来した。

季節がちゃんと巡ること。その宇宙の為せる技もまた感謝だ。宇宙や自然を目の前に、人間はどこまでも無力だし、それでいいと思っている。

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