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KIACコミュニティプログラム_タケノ時空間散歩『この家で』2022年リサーチ日記 6

前回7月のリサーチ後は、インタビューの書き起こしや収集した資料の整理、そして韓国の劇団ノットルとのプロジェクトで9月はじめから渡航するため、コロナ禍故に必要であったビザ申請やPCR検査などで何かと忙しく過ごしていました。

ノットルとは環境問題に関する展覧会・パフォーマンス形式のプロジェクトを行い、また、3部作ディアスポラシリーズの1作目である1948年の済州島四・三事件によってに故郷を離れざるを得なかった人々がテーマの作品にも参加することとなり、済州島へのリサーチ同行で滞在が延び、帰国したのは2ヶ月後の11月9日でした。その数日後の14日から20日までは来日したノットルと大阪にて、密航で亡命せざるを得なかった在日コリアンの方々のお話を聞くなどのリサーチをしました。

2020年度の「この家で」のコラボレーターとして来日するはずが、コロナ禍故にかなわなかったノットルのメンバーにも是非竹野を体験してもらいたく、11月21日に彼らとともに「本と寝床ひととまる」さんにやって来ました。短い滞在でしたがブラタケノの青山さんと町並み歩きをしたり、太陽家さんでの美味しい会食、KIACのみなさまも会いに来てくださったりして、監督ウォンさんも「執筆しながら1ヶ月ぐらい滞在したい」と言うほどすっかり竹野ファンになりました。

そして彼らを見送った後、11月24日(木)KIACにチェックイン。

11月25日(金)

鏡宮神社にて

気持ちの良い晴天の日、リサーチ初日は草飼地区の鏡宮神社からスタート。KIACからは、リサーチチームの與田さん山﨑さんに加え、館長の志賀さん、プロデューサー吉田さんも参加です。
古くは鏡宮神社の前あたりまで湾が入り込んでいたとのことで、入り口にある灯篭は灯台の役目をしていたそうです。風化してきた狛犬さんたちが味わい深い、落ち着いた境内です。

今坂峠のお地蔵さま

今坂を上り、峠のお地蔵さまにあらためてお参りし、坂を下っていくと、左手の線路が山沿いにカーブしていく向こうに切浜の海が見えて来ます。ここは私の好きな風景のひとつとなりました。

左手に線路、向こうは切浜の海

切浜では三柱神社などを訪れ、集落の中の地蔵堂あたりを歩いていて偶然出会った方に、井戸や火の見櫓、火の神様の祠、そして以前あった数々の行事や、嫁いだ頃にはお姑さんが大変きびしかったこと等々のお話を聞きました。70年代の観光ブームで民宿が出来始めてから、それまでの半農半漁の生活や行事の形態が大きく変わって行ったという話には深く考えさせられるものがあります。

切浜 三柱神社から望む海

一旦車を停めた鏡宮神社へ戻り、吉田さんは帰館。志賀さんおすすめの自宅で営んでいる「楽庵」さんでどれも魅力的なパンを迷いながら買い、それを持って車で浜須井へ移動し海辺で昼食。

午後からは線路下のトンネルを抜けた奥須井地区を歩きました。
奥須井集落の奥はまったくの山です。そちらから来た漁師さんらしき軽トラと出会いました。

奥須井の奥の風景

冬支度のために溝掃除をしていた方と少し言葉を交わす。お嫁に来て50年だそうです。この日聞いたお話から、竹野に嫁いできた女性たちのエピソードを集めていく構想が出てきたように思います。
帰路に鏡宮神社前に広がる「おばあのふところ」を少し歩いてこの日は終了。

11月26日(土)

終日雨模様。午前は豊岡市立図書館竹野分館にて、竹野郷外史、竹野町史などを読む。「なごみてぇ」でランチ後に、草飼から和田の方まで集落を歩きました。
少林寺に立ち寄ると、不動堂の板壁に幾つも打ち付けてある薄い鉄製の鳥居と剣が。いったいなんのためにと不思議に思い、後日管理をしておられる円通寺さんにお電話で聞いてみたところ、詳しくは解らないがおそらく廃仏毀釈の時代にカモフラージュとして付けた物であろうとのこと。

少林寺不動堂の壁

道脇で金柑のようなサイズの少し長方形っぽい初めて見る果実を発見して食べてみるとほのかに甘くて美味しかった!この日は天候のせいか誰にも出会いませんでした。

謎の小ミカン

続きは下の2022年リサーチ日記7へ。


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