見出し画像

蕎麦屋で思う。

休日になると、たいていどこぞの蕎麦屋で酒を
酌んでいる。ビールを一本にお銚子を二本。
ときにはそこに加えて蕎麦焼酎のお湯割りを
追加して酔っ払っている。
四月初めの休日、善光寺門前を歩いて行くと、春休みの
観光客の姿が多い。ところどころに真新しいスーツの
若者を見かけて、今日は新年度初日と気がついた。
参道を抜けた信号を右手に行くと、老舗の蕎麦屋の元屋
が在る。
ずいぶん久しぶりに暖簾をくぐってみたのだった。
年配のご主人夫婦の、親方と女将さんが営んでいて、
いつも繁盛していた。週末になると開店前から
店の前に行列ができるほどだった。
しばらくしたら、親方のお孫さんが一緒に働く
ようになった。
その後もときどきおじゃましていたものの、
なんとなく通う頻度が少なくなってしまい、
そのうちに、
すっかり通わなくなってしまったのだった。
よくよく数えてみたら、六年ぶりの再訪だった。
店に入って右手の入れこみが定席で、
この日もそこに落ちついた。ビールで喉を潤しながら
眺めれば、話好きな女将さんの姿が見当たらない。
以前は杯を傾けていれば、いつもにこにこお相手を
してくれて、漬け物をサービスしてくれたり、ときどき、
お銚子一本サービスしてくれたりの気遣いがありがたかった。
顔見知りのパートさんにうかがったら、親方も女将さんも
もう引退して店には出ていないとのことだった。
そうだよなあ。お二人ともすでに九十歳を超えていても
おかしくない。それでも変わらずに元気にされているとの
ことで、それは良かったと安心をした。
おそらく、もうお会いすることもないけれど、無事に
長生きをしてくださいと願った。
久しぶりの店は、ビールが黒ラベルからエビスに変わって
いた。中瓶で590円は良心的と思う。
なんでも食材が値上がりしている中、料理や蕎麦の値段も
この界隈では安い。お孫さんが継いでから、ひととき味の
評判が落ちたときがあったけれど、天ぷらも蕎麦も
旨かった。この日もひっきりなしにお客が来て、
相変わらずの繁盛ぶりだった。
足繁く通っていた昔を懐かしみながら、西之門の純米吟醸に
酔ったのだった。

うららけし疎遠のかたの懐かしく。

















この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?