彼女が消えた浜辺

シネマの記憶006 嘘の破綻

 人間は嘘をつく生きものである。そう云い切ってみると、なにか溢れてしまうものがある。動物だって、植物だって、擬態(ぎたい)という立派な嘘をつくから、生きとし生けるもの、すべて嘘をつく、と云った方が良さそうだ。

 動物や植物は何のために嘘をつくのか?身の安全を確保するために、身を隠して捕食するために、あるいは繁殖するために、つまりは生き延びるために嘘をつく。

 生きる目的以外に嘘をつくのは、おそらく人間だけではなかろうか。人間は悪意に満ちた嘘もつけば我が身を守るための嘘もつく。あるいは相手を籠絡(ろうらく)するための嘘もつけば人間関係を壊さないための嘘もつく。

 人間がつく嘘はバラエティ豊かである。嘘の役割は果てしなく広いのだ。嘘が嘘のままに機能している=バレないうちは、おそらく平和が保たれる。しかし、ひとたび嘘が破綻する=バレると、たちどころに波紋が広がることになる。

イラン映画「彼女が消えた浜辺」は、そうした「嘘の破綻」をテーマにした作品だ。

 ほんとうなら幸福な結果を約束してくれるはずだったセピデー(ゴルシフテ・ファラハニ)の小さな嘘が、友人家族たちとヴァカンスにやってきた避暑地の浜辺で、唐突に破綻してしまう。その途端、友人たちは自己保身に走る。私もそうじゃないかと思ってたのよ、と。

 セピデーの友人エリ(タラネ・アリシュスティ)が浜辺で消えたことを巡って、セピデーは次第に自分を追い詰めて行くことになる。夫からも友人たちからも追い詰められて行くことになる。よくあることかも知れないと思いつつも、スクリーン上で展開される物語は切ない。逆説的な云い方になるが、切ない気分を味わいたい向きには、とっておきの作品である。

 それにしてもこの作品に登場する女たちの、なんと魅力的なことか。美しい。それだけでも一見の価値あり。

 ちなみに監督・脚本アスガー・ファルハディは本作によって2009年のベルリン映画祭銀熊賞を受賞。次回作の「別離」では、ベルリン映画祭金熊賞に加え、米アカデミー賞外国語映画賞を受賞している。その「別離」の予習としてこの作品を観た人は多いかも知れない。私もそうだが。


画像出典:映画.com


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