ねずみと店主

畜生。
もう生かしちゃおけねえよ
俺はヤツの好きそうな食べ物を置いて
夜が明けるのを待った

翌朝 仕込みで店に行くと 
予想通り食い散らかした
ヤツの歯型が残っていた
畜生。
せいぜい今を楽しく生きるんだな…
いつもよりテンポアップして
仕込みを済ませると
自転車で近くの
スーパーへ向かった
店員にネズミ捕りのコーナーを
案内してもらい 品定めをはじめた 

迷った数種類の中から 
一番お手頃の粘着タイプの
ネズミ捕りを購入する事にした

何よりの決め手はヤツの
最後を見れるという事だった


通常通りにレストランの一日を終え 
片付けを済ませると 

買ったばかりのアイテムを袋から出して
設置する場所を探し始めた
まずはあの場所だな…

倉庫には食料棚がある
3日前にパン粉の袋を食いちぎられ
散々な目にあった
棚のすぐ下にあるカラーボックスの
上に置くことに決めた
もう一つはキッチンだ
キッチンにはシンク下の鉄棚に置こう
下には排水口もあるし
シートの隅っこには
それぞれ半分に切ったりんごを置いた

「ふふ。これでヤツともおさらばだな」

慣れた手つきで
煙草に火をつけると
俺は煙を深く吸い込み 
余韻を楽しんだ…ヤツは必ず来る

そして俺を馬鹿にしたことを
後悔するだろう
「ふふ…ふはは…はははは…」

煙草を三角コーナーに放り込むと
赤くなっていた頭が ジュっと
音を立てて消えていった


店をあとにした俺は
格好良く自転車に跨った

ゆっくり走り出すと
夜風が髪をすり抜けて
気持ちが良かった

明日が待ち遠しい…


次の日
「おや?」
ネズミは罠にかかってなかった…

畜生。
なぜだ

なぜ食わないんだ
おかしいじゃないか!
リンゴは大好物だろ?
ん?違和感を感じ 近くに寄って 
よーく見てみると ほんの少しだけ
リンゴがかじられていた


ふざけんなネズ公
来店してんじゃねーか!
なんで気付かれた?
なんでシートを避けるように
少しだけ齧ったんだ!!

ふざけるな畜生。


今度こそは…
昨日同様にテンポアップで
仕込みを済ませ スーパーへ
今回は「駆除だんご」を購入した
店へ戻り 倉庫棚、シンク周り
ランダムにだんごを放り投げた

「俺は負けねえよ… 絶対にな!」


次の日

昨夜仕掛けた駆除だんごが消えていた
踊る気持ちを抑えながら
店中を探し回ったが
ヤツの姿は見つからなかった…なぜだ

俺は無意識に自転車を走らせ
いつものスーパーへ向かっていた
次は"ネズミ撃退音"だ!
値段は高いが
効き目も期待が出来そうだ

店へ戻ると 
カウンターに ヤツの糞が
転がっていた
コレは明らかに
俺への挑戦状だった

糞をティッシュに優しく丸め
ゴミ箱へ捨てた
無反応を装い
今買ったばかりのブツを
袋から破り出し
静かに説明書を読み始めた

コンセントに差し込むだけの
手軽さには とても驚いた
その効果は
想像を絶するほどに
素晴らしいものだった


翌朝も
そのまた翌朝も…

ヤツの荒らした
形跡は全くなかった
今度こそは俺はヤツに勝った!
最高の気分だった
街を歩く人々が この俺を
祝福しているかのようだ
"コンプリート"
俺は心の中で
ガッツポーズをキメた!

そして
平穏な日々が
2週間ほど過ぎたある日
事件は起きた

店の営業が終わり
閉店作業をしている時だった
食料倉庫の方で
ガサゴソと音がしている
嫌な予感がした俺は
そーっと 音を立てずに
音の鳴る方へと向かった

「あ!!!」

ねずみ色の何かが
もの凄い速度で
目の前を横切った
なぜだ?
頭が真っ白になった
身体がワナワナと震え
俺は狂ったように
ヤツを探しはじめた

"チョロチョロ~"
(ねずみ色の動物発見!)
俺は 常備してある
Gジェットバスターを
ギュッと握った

ノズルをONに合わせると
深呼吸で心拍数を調整した

GAMEスタート
"パシューっ パシューっ"

必死に逃げ惑うヤツを
追いかける 腰を低く構え
全神経を耳に集中させた

"パシューっ パシューっ"
(ふふ。今度と言う今度は
逃さないからな ふは。ふはは…)
俺は激闘の末 ヤツを追い詰めた
ヤツに逃げられないように
一歩…また一歩とニジリ寄る
すると。

「やめろよ〜
本当に危ないって」
(ハッ…!俺は耳を疑った)

「勘弁してよ〜
熱くなりすぎだって!」

情けない声の主は
目の前にいるヤツだった
(馬鹿げてるぞ)
そう思いながら
店主「お前話せるのか?」


半信半疑で問いかけてみると
ヤツは少し照れながら
ゆっくりと口を開いた

ネズミ「わ、悪いか!」

嘘だろ〜?あれ?夢かこれ?
でも今日まだ寝た覚えねえぞ!

ネズミ「それさー。
マジ臭いからやめろよな」
ヤツはスプレーを睨みつけた


店主「お前さ、
俺に勝てると思ってるの?」


ヤツは薄ら笑いを浮かべ
俺にこう言った
「身体は小さいが
知能は楽勝だよ」


"パシューっ パシューっ"
"パシューっ パシューっ"


腹が立ったので 浴びるほど
スプレーをかけてやった
小さな咳をしながら
ヤツは言った
「だーかーらー
臭いんだよそれ!
ゴキブリじゃねーんだから
効かねーよ!」


俺は怒りを通り越し
妙な落ち着きを感じた

店主「お願いだから 
喋らないでくれないか?
気持ちが悪いんだよ」

……
長い沈黙のあと 
俺はヤツに
「温かいココアでも飲まないか?」
と誘った
ヤツが小さく頷くと
二人揃ってカウンターへ
移動した
ヤツには 俺のココアを
小皿に分けてあげた

オレはヤツに聞きたい
重要な事を思い出した

店主「なぜウチの店なんだ?
他にもたくさんあるじゃないか」

ヤツは得意げな顔でこう言った

ネズミ「そりゃアンタの作った
デミグラスソースが最高だからさ
あのソースを喰らったら
他のは食えないね」

俺はポッと赤くなった頬を
必死に隠した
店主「まぁそーゆー理由じゃ仕方ねーか」
はははは はははは
お互い顔を見合わせて
腹の底から笑った
笑いながら考えた…


店主「お前 これからどうしたい?」

ネズミ「悪いけど 移動する気はないね」

店主「要求はなんだ?」

ネズミ「もちろん食い物だ!
これでも一家を背負ってるんでね。
その代わり、もう散らかさねーよ
約束するからさ!」
……
しばらく考えたあと 俺は頷いた

ネズミ「よし!そう来なくっちゃ!」
ヤツがニヤリと笑った

ふと ある疑問が湧いてきた
店主「ネズミ撃退の音
しばらく来なかったけど
効き目があったって事だよね?」

ネズミ「あーアレね。
はじめだけ はじめだけ
この通り もう全っ然平気だよ!」

店主「…そう…なんだ。
あ!じゃあ粘着シートは?」

ネズミ「粘着部分触ったっしょ?
アンタの匂いバリバリついてたぜ
もっと上手くやれよな。がはは」


ネズミって賢いんだな〜…

そんな事を思っていたら
ヤツが俺に質問をした
ネズミ「もしかして ダンゴ…
アンタが仕込んだのか?」

(お!そーだった。そう言えば
あのダンゴ消えたんだよな〜)
店主「あたぼーよ」

そう言いながら 
ガッテン承知の助ポーズを
ヤツに見せた

するとヤツの様子が急変し
俺に食いかかってきやがった
ネズミ「アンタ…よくもやってくれたな
やっぱりアンタだけは許せねえよ」

なんで怒ってるんだ?
店主「おい。なんだよイキナリ!」


ネズミ「あれは… 親父が…食った
少しボケててよ…わかんねえで
食っちまったんだ
アンタが親父を殺したんだ!」


そう吐き捨てたあと
小さなケツをこちらに向け
プスーっと屁をたれて
凄いスピードで帰っていった


店主「臭っせぇー 
何食ったらこんなの出るんだよ!」

それにしても あいつ泣いてたな
ああ。俺はなんて事をしちまったんだ

お詫びの印に…

ヤツの大好きな
デミグラスソースと
店で一番人気のチーズを
小皿に入れて 
店をあとにした

翌朝 手をつけた形跡もなく
小皿がそのまま置いてあった
(来なかったか…)
次の日も また次の日も
ヤツの姿を見る事はなかった

何日か経ったある日
営業時間が終わり
片付けをしていると

グラグラグラグラグラグラグラグラグラグラ
突然大きな揺れを感じた
俺は必死に自分の身体を支えた


ガスの元栓を締めようと
動いたその時だった…
ガラガラ ドーンガラガシャンドンドン


一瞬 
何が起きたのか
わからなかった

もの凄い痛みを感じ
少し身体を起こしてみると
足の上に柱や屋根が落ちていて
身動きが取れない状態だった
もう駄目だ…
俺はゆっくりと目を閉じた
(店と一緒に逝けるなら本望だ)

どのくらいの時間が経っただろう
どこからか声が聞こえる…

目を開けると 薄闇の中に
ヤツが立っていた
店主「やあ。元気していたかい?」
思わず嬉しくなり声をかけた

ヤツは何も言わずに
黙ってこちらを見ていた
店主「見ての通り 俺はもう駄目だ
最後にお前に謝らなくちゃな
親父さんの事 本当にすまなかった」

気が付くと 
俺の周りを囲むように
ネズミの大群がいた


皆それぞれ口を開き
俺を罵倒している
「こいつ!ざまーねえな。
早くクタバりやがれってんだ。
オヤジの仇とったぜ。」
ネズミたちの声が聞こえる中
ヤツはただジーっと俺を見ていた
すると一匹のネズミが
「ボス!行きましょうよ
こんなの構ってたら 僕らも
巻き沿い食っちまいますよ!」

ネズミ「よし、行くぞ」

ヤツの掛け声と同時に
遠くへ走り去る音が聞こえた
そのまま俺は意識を失った…。

……


ガリガリガリガリ
ガリガリガリガリ

ガリガリと言う音で目を覚ました
見るとヤツが 俺に被さっている
柱をかじっていた

ガリガリガリガリ
ガリガリガリガリ
ガリガリガリガリ
ガリガリボキッッ!!

柱は真っ二つに折れて
足が動かせるようになった
ヤツを見ると
唇をブルブル震わせ 
歯茎から血が流れていた
俺は身体を起こし
ヤツに深くお辞儀をした
(早くここから脱出しなくては)

次の瞬間
グラっ!!!
持ち帰って食べる予定だった
パイナップルが棚から飛び出した

「ギャーーーー」


なんと…
パイナップルが
パイナップルが!!

急いでヤツを抱き上げると
ヤツの瞳から涙が一粒こぼれ落ちた
小さな声で何か言っている

ネズミ「多分…アンタとは
仲良くなれそうだったのに
皮肉だよな… …」

(ヤツは俺を助けてくれたのに
なのに 何でこんな…)

店主「おい 大丈夫か?
必ず良くなるから だから…」
そう言いかけると
ヤツは静かに目を瞑り
ピクリとも動かなくなった


see you again

ヤツとの戦いの日々が
呆気なく終わりを迎えた

俺は胸ポケットから
煙草を取り出し口に銜えた 

そして ここ数日に起きたことに想いを馳せた

(なんかガス臭いな)…シュポッ!

ドッカーーーン……

★完★

最後までお読みいただき感謝します!