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新宿L/R ~リキッドルーム、壁、落書き(6)

 フライヤーをジーンズのポケットにねじ込み、メインフロアへ急いだ。そろそろDJウタイが出る時間だ。そのとき、不意に後ろから左手をつかまれて後ろに回され、ホールドアップと耳元で低くささやく声がした。またこれか。俺は振り向かずにスミノフのビンを頭の上に乗せ、じっと次の展開を待った。暗い隅のほうへ移動すると、片方の手が俺のわき腹を勢いよくくすぐってきた。ぎゃっ、と声をはり上げてしまったが、体をS字型によじって振り向くとやっぱり彼女だった。すでに手をひっこめて三白眼になるほどの上目遣いでこちらの目を見つめている。よくやる表情だ。何だよ、もうすぐウタイ出てくるからフロアに行こうと誘うと、彼女はいやだ、すこしここでまったりしたいと言う。そういうわがままも彼女の得意とするところだ。男の言いなりになるのがちょっとだけ嫌だということなのだろうか。なぜ今ここでまったりする必要があるのか、俺にはさっぱりわからないが、ここに彼女を置いてけぼりにはできない気がしてならない。ぴったりと寄り添ってくる彼女の体温と熱い呼吸を腕にじかに感じながら、気持ちよさを心ゆくまで味わった。汗ばんでいる額につづく目の周りは黒のマスカラとアイライナーがはげてにじんでおり、いわゆるパンダになっている。

 このマスカラ、ウォータープルーフのはずなのにすぐはげちゃうの、といつも不満をもらしつつ常用しているものだ。彼女は俺の手を取っておなかにあて、あったかいよ、と目を閉じた。俺の手が?と聞いてもかすかにうなずくだけである。手を握る彼女の力がだんだん強くなって、爪がくい込む。痛い、と俺が言うより先に、彼女の爪がぱきん、と割れた。割れたというよりのりで貼り付けていた長いウソ爪がはがれてしまって床に落ちた。転がる爪には真珠の光沢に輝くピンクのベース色、その上にラインストーンのちっちゃな石が丸みを帯びた線を描いて並んでいる。その模様は彼女の意思のように見える。わたしはこういう女の子なの。フロアからは大音量の低音と人ごみのこすれ合う音があいかわらず聞こえていたが、通る人のなかに俺たちに関心を向けるものは誰もいなかった。ここにエアポケットができて、俺と彼女だけ落ちこんでしまったみたいだ。やがて彼女はゆっくりと目をあけて、長いまつげをぱちぱちと音が聞こえるほど激しくまばたきし、もう行こう、楽しいことがあるところへ、と言って俺の手をひっぱった。


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