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コンフル/駒沢大学

渋谷駅から延びる田園都市線のベッドタウン、駒沢。大きな公園があって、昔から住んでいる戸建ての住民も、新しいマンションに越してきたファミリー層も、一人暮らしの人もいる。
この町に「コンフル」が開店したのは2008年9月、リーマンショックの年でした。『料理通信』では2009年9月号に掲載しています。
「コンフル」の取材は、私の記憶にひときわ深く刻まれています。2004年頃からみんなの心に芽生えていた「つながり」という価値観を、ついにはっきりと示してくれた店だから。
自分の店さえ勝てればいい、一人勝ちの思想ではもう生きていけない。自分たちの町であるという意識を持って、周りの人や同業者と手を携えていかなければ生き残れない、そんな段階に入ったのだと取材者に教えてくれました。音楽はLISMOで聴いて、書き込みはmixiにして、みんなが初めてのSNSに夢中になっていた頃です。

※原稿の内容・写真は2009年当時のものです。

コンフル2009

2008.9.13 OPEN
「この町の人に、どう喜んでもらうか。」

 駒沢の路地裏、昨年(2008年)9月にオープンした「コンフル」へ、閉店ギリギリ滑り込んだ。
「ワイン1杯、いいですか?」と訊ねると、躊躇無く「どうぞ」。1杯のはずが3杯飲んだ帰り際、カウンターのご婦人客が「ありがとうございました」と私たちに会釈する。
 親戚だろうか?
「いえ、常連さんです。でも僕らにとっては上馬(地元)の母」とオーナー・ソムリエの倉田俊輔さんは言った。

 駒沢は地元でなく、住宅街・路地・駅から5分という物件ありきで出会った土地。住宅街特有の事情に気づいたのは、店を開いた後だ。
 帰宅時の田園都市線がラッシュになること、都心とは違う客層とニーズがあること。子どもからご年配まで一緒のディナー、都心で食べた帰りの1杯、散歩がてらの気ままなランチ。
「コンフル」はそんな住民を迎え入れ、彼らに支えられているブラッスリーである。

 実は以前、同じ場所で、倉田さんは料理人と共同経営していたが、2年で閉店。フレンチのお任せコース1本という設定や金額が、住宅街にそぐわなかったと彼は考えた。
 料理人の出発点が「自分の料理を食べて欲しい」だとすれば、サービスの発想は「どう喜んでもらうか」。両者は一番近いのにわかり合うのが難しく、一度信頼関係が崩れてしまうと脆いものだと身にしみた。

 単独経営者としてやり直すことを決めた彼は、あえて駒沢を動かず、自分の考えに振り切った。
「悔しかったんです。立地のせいにしたくない、ニーズに合うフレキシブルな対応をすれば住宅街でもできると思っていたから。今度こそ、誰がいつ来ても、おいしくて楽しい店をつくろうと」
 堅苦しいテーブルクロスもコースもやめた。「フレンチ、イタリアンの区別より、みんなが好きなメニューがないのはおかしい」と、パスタやリゾットも取り入れる。店は11時半から23時までフルオープン。アイドルタイムにはデザートやお茶、ディナー後にはワインとつまみを、料理人に負担をかけず実現した。

 すると、駒沢にはこんなにさまざまな人がいたのかと驚くほど客層が広がった。
 現在(2009年9月)のシェフ、関口琢也さんはあえてしがらみを断ち、募集で見つけた人だ。
「彼はクリエイティブでありながら、パスタも抵抗なく受け入れてくれる人。何より、会話をしなくてもスムーズに事が運ぶ。よく“耳を使って仕事しろ”と言いますが、彼には言う必要がありません」

 倉田さんは外食産業の店長として、サービスだけでなくスタッフ教育の経験も重ねてきた。「今しかない」と独立を決めたのは28歳の時である。
「お金は若いうちに借りようと。28歳なら、1400万円の借金で万が一失敗してもまた会社員に戻って返せるし、何をやっても生きていける。けれど借金より何より、自分が今思っていることを発散できないことのほうが怖かった」

 後悔しないように選択したい、と彼はオーナーとなってからアイデアをノートに書き留めるようになった。
 初志を忘れず実現させるため、もっとできることがあるんじゃないかと自分に問うため、そしてメリットとデメリットを明確に書き出して頭を整理するためだ。

「コンフル」には3年計画がある。
 1年目は認知度を上げ、客数の分母を上げていく「攻め」の経営。
 2年目はシェフが休んだとしても店が機能するよう、スタッフを成長させることで厨房の体制を固める。
 3年目は同様に、サービスの番。
「人に依存しすぎない経営が大事。でも同時に、店の勢いは人が動かすもの」

 だから彼は自分から動く。ウェブのブログは結局「待ち」だからとビラ配りやポスティングもし、ワイン会も始めてコミュニケーションを投げかける。
 最近では地元の美容室などのオーナーたちと連携し、「駒来会」なる会も発足した。
「地域を盛り上げないと、地域に人は来ないから。まずはここでしっかりと地盤をつくりたい」
 彼の店は町の中の点でなく、線のつながりの中で生きていくことを選んだ。

コンフル
東京都世田谷区上馬4-3-15
☎03-3419-7233

「コンフル」の10年後は、danncyu9月号の連載「東京で十年。」で書いています。

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