SUPPLY サプライ/幡ヶ谷
2019.1.23 OPEN
「隠れたくない!」
車がビュンビュン走る甲州街道に、冴え冴えと浮かぶ真っ白な暖簾。やや頼りなさげな、とぼけたような、浮遊感のある筆致でSUPPLYと書いてある。
横長の店の幅いっぱいに全面ガラスのサッシ。
カウンターにからりと並んだ背中。
ラーメン屋?
いや違う。お客はみんなナチュラルワインを呑み、イタリア料理をつまんでいるのだから。
「見え過ぎるくらい丸見えがいいんです」
仲よく声を揃えるのは、「サプライ」店主の小林隆一さん、希美(のぞみ)さん夫妻。
今、メジャーをハズして路地の隠れ家的な場所を選ぶことが、逆にメジャーになっている中、彼らは堂々とこう叫ぶ。
「隠れたくない!」
一周回ったカウンターカルチャーというのだろうか、こんな調子で、二人の文法は常道をポップに裏切っていくのだ。
アクセスのいい駅でなくても、人の住む町がいい。
駅から一歩置いた静けさよりも、駅近の大通り、路面一階。
イタリア料理屋だけど、店名にイタリア語は使いたくない。何屋かわからなくていい、みんなが覚えやすくて可愛いほうがいい。
それらはイタリア料理店やワインバーというより、やっぱりラーメン屋やコンビニなどの出店条件だ。
実際、「サプライ」の物件は元ラーメン屋。だけど〝デイリー〟という世界観で考えた時、彼らの感覚はこっちのほうにフィットした。
「スペシャルじゃない店にしたいんです。ふらっと入れて、緊張しない、距離が近い。そういう店が僕らも好きだから」
隆一さんは中目黒「サルバトーレ」、都立大「イルフィオーレ(現・ドーロ)」、神楽坂「アズーリ」を経て、西新宿「トラットリア・クアルト」で5年間シェフとして店を引っ張ってきた料理人。イタリアには1カ月旅をしただけだが、伝統料理は本で独学した。
希美さんは美容専門学校時代から飲食業でアルバイト。卒業後は「ウグイス」から「buchi(ブチ)」へ。渋谷のんべい横丁の「ワインスタンド ブテイユ」では5年間ひとりで店を切り盛りしてきた、つまりナチュラルワインと接客のプロだ。
二人揃えばこわいものなし。
どおりで、連日人で溢れる「サプライ」は、開店直後とは信じられない安定感。料理人とサービスがお互いを心配しなくて済む、それぞれの仕事に集中できる連係がある。
しかし、そもそも「サプライ」という新種の店が生まれたのは、夫妻の飲食キャリアだけが理由じゃない。
むしろきっと、それ以外の世界で育まれた感覚だ。
20代から一緒に遊んでいた彼らは、飲食業以外の友だちも、好きな音楽や洋服も共通。
いいな、と思う方向が同じ。
だからイタリアンなのに〝暖簾〟をかけようなどと閃くし、それを聞かされたほうも「っぽくない」などと反対しない。
ブロッコリーの段ボール箱の書体を見て決めた店のロゴも、なぜだか「S」から始めたかった店名も、ちょっとずれてるくらいが着地点。
「ただ、ハズし過ぎるとダサくなる」
絶妙な均衡を守るその一線が、「サプライ」ではあらゆることに貫かれている。
たとえばお客の居心地は気軽だが、何を訊ねても迷いのない答えを返す希美さんの客あしらい。
隆一さんはイタリアの伝統にのっとった「押さえ」の料理と、現代の東京だからできる、ボーダレスな「ハズし」の料理を黒板に並べる。
300円の「白菜のンドゥイヤキムチ」でつまんで一杯もよし、手打ち中心のパスタにリゾット、牛・鹿・羊のローストや煮込みなど迫力のセコンドでしっかり食べてもまたよし、〆にはラーメンへのオマージュも。
ちなみに8種類ほどのパスタは、乾麺より早く茹で上がるというファストフード的な理由でほぼ手打ち、という痛快なパラドックス。
開店と同時に満席続きだが、予約を取るのは席の半分。予約しなきゃ入れない店にはしたくないから、だそうだ。
「そうなると話が違う。だって予約しなきゃ入れないラーメン屋はないでしょ?」
新しい文法の誕生に、スタンディング・オベーションを。
SUPPLY サプライ
東京都渋谷区幡ヶ谷1−5−6
☎なし
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