ペルテ/千葉・稲毛
『料理通信』2019年10月号の第141回は、ナポリピッツァと南イタリア料理の店「ペルテ」。店主の鈴川充高(すずかわ・みつたか)さんは、ナポリピッツァの選手権「カプート杯」日本大会2018で優勝し、世界大会にも進出している職人です。すごいことです。そんなタイトルホルダーが、しかし都心ではなく千葉にお店を出すということに『料理通信』編集部と私は強く惹かれました。
これまでは、タイトルを獲って都心で華々しく活躍、のようなセオリーがあったけれど、鈴川さんはあっけらかんと東京でもなく、千葉でも繁華街ではない稲毛の住宅街を選びました。理由は「窯があったから」。
むしろタイトルを獲ったからこそ、どこでもできると考えたのです。
華々しい活躍より、彼は新婚の妻と一軒家で好きなピッツァを焼き料理を作り、時々近くの温泉銭湯に行くような幸福を選びました。
千葉、埼玉、神奈川などの東京近郊はなかなか雑誌に取り上げられない地域ですが、個人的には面白いエリアだと思っています。実力を持つ料理人やピッツァ職人、コーヒー焙煎士などが独立するとき、自分たちの生きる場所として脱・東京を選ぶこと。または町そのもののカルチャーや、新たなムーブメントも起こっています。
地方と世界は最短でつながっている。今、コロナ禍を経て、そんな思いをいっそう強くしています。
※原稿内容は2019年掲載時のものです。
2019.4.25 OPEN
そこに窯さえあれば、どこでもできる。
鈴川充高さんは昨年(2018年)、ナポリピッツァの技術を競う大会で一位になった職人である。正式には、ナポリピッツァ職人世界選手権(カプート杯)日本大会のS.T.G(EUが定める伝統的な規定に基づき、マルゲリータまたはマリナーラの技術を競う)部門において優勝。
最高の栄誉を手にして独立した店「ペルテ」だが、誰もが驚いたのはその場所だ。
タイトルが武器になる都心ではなく、出身地でもない、総武線快速で東京から約40分の稲毛駅。と言われても、千葉県民でない限り、そこ、どこ? となる。
「僕も、物件を見に来て初めて降りた駅。でも、茨城の前店よりは都会ですよ(笑)」
そうだった。
鈴川さんは12年前、つくばの駅からも遠い田んぼに建てられた「トラットリア・エ・ピッツェリア アミーチ」の創立メンバー。人通りもない国道沿いの店を『真のナポリピッツァ協会』に認めさせ、2013年からはテイクアウト専門の2号店も任されてきた。
いつだって、すでにある需要でなく、何も見えないところから掘り起こし育ててきた人。結果、そこに窯さえあれば、腕一本でどこでもできることを証明した。
稲毛に来たのは、ピッツェリアの居抜き物件があったからだ。
木造2階建ての上が住居、下が店舗でナポリ式の窯もある。諸事情で閉店した前店主が、思い入れのある店と窯の引き受け人を捜した。
「見て一発で決めました。14坪の広さがちょうどいいことと、窯があったから。都内で窯が作れ、排気の問題もクリアするのは難しいし、資金も要るので」
内見が2018年9月、契約は10月。
同時期に彼女もできて、4月の結婚へと一直線。妻のゆかりさんはイタリア料理人だが、そもそもはお客として「アミーチ」のピッツァの味に惚れ、厨房で働かせてもらい……というドラマ級の展開である。
幸せのループは、いつもニコニコとしている彼の人柄と、努力家である気質の賜物に違いない。
鈴川さんはピッツァ職人だが、「粉使い」と呼ぶほうがしっくりくる。何せ粉を学ぶためにフランスにも行って、薪窯で焼くパンを学んだ人だ。
粉に関する知識をボーダレスに取り入れながら、自分の方法論を探ってきた。発酵の加減、延ばしの技術、焼きの見極め。
だから彼のピッツァはオリジナルで、そして、とてつもなく軽い。
「今は、焼けた小麦の甘い香りがもっと立ち上がるようにしたくて。常に課題があり、作り方はどんどん変わります」
たとえば数年前は1分10秒だった焼き時間も、今は1分30秒。毎日、過去の自分はどんどん古くなっていく。
今年(2019年)4月に開店した「ペルテ」。
数を焼いて安く提供する大衆的なピッツァでなく、鈴川さんは数を絞り、1枚の精度を高めていく在り方を選んだ。
しかもこのピッツァを店のパーツのひとつと捉え、料理とワインでもしっかり楽しませるバランス感覚。じつはエコール・キュリエール国立出身、「アミーチ」では料理も手がけた。
今、ゆかりさんとともに作る手間のかかった前菜の盛り合わせは、なんと100%近い注文率だ。
「住宅街ではワインが出ないと聞いていたけど、みなさんボトルで飲んでくれます。料理とワイン、〆にピッツァ」
およそ2割はわざわざ訪れるピッツァ好き、残り8割は地元の人々である。
ここ数年で稲毛近郊にはマンションが増え、人が移っているという。新しい住民たちの「都心から帰って地元で食事をしたい」という見えない需要と、彼らが求めるクオリティに、「ペルテ」は符合した。
「メニューの黒板を出さなくても認知される、地元に根ざした店になりたい」
看板には、ピッツェリアと謳っていない。
けれどお客は、窓辺のオイル差しと、『真のナポリピッツァ協会』の認定証を手がかりにドアを開ける。
地元はすでに、夫妻を歓迎している。テイクアウトも使いこなし、目が合えば店の外からも挨拶の声をかけ、大家もご近所も親切。
周りからもらって、返して、そうして幸せのループはまた広がっていく。
Perte(ペルテ)
千葉県千葉市稲毛区小仲台2-12-15
☎ 043-386-3702
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