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L'AS/CORK /南青山

2012年の開店当時、「L'AS(ラス)」は料理誌をはじめ、ありとあらゆる雑誌に掲載されたんじゃないかと思います。
なぜそんなに注目されたのかというと、大阪「ラ・ベカス」、東京「コート・ドール」、フランス修業を経て「カラペティバトゥバ!」を成功に導いた兼子大輔シェフへの期待感
そして、彼の表現した「フランス料理店」が、日本では見たこともない世界だったからです。
厨房とフラットにつながる客席、引き出しに収まったカトラリーなどが話題になりましたが、しかし兼子シェフにしてみれば、それらは思いつきではなく必然の産物
誰だって考えに考え抜いて店をつくりますが、世の中にはその上を考える人がいる。「ラス」は、兼子シェフが自分を分析し、何一つ破綻のない円を描いたような店でした。
『料理通信』新米オーナーズストーリーでは、移転後の2014年5月号に掲載。
※原稿は掲載当時のものであり、2022年2月現在とは異なる場合があります。


2012.2.6 OPEN
「自分を掘り下げて、形にする。」

 予約は20時15分。
「ラス」に着くとすでに満席、所々2回転目。あっちでもこっちでもお喋りがヒートアップして、こちらも負けじと音量を上げる。
 客席と同居する、むきだしの厨房から肉の焼ける匂い。とともにコックが飛び出して皿を各テーブルに運ぶ。
 どんどん、「楽しい」が止まらなくなっていく。

「大事なのは、おいしいのか楽しいのかわからなくなるような、この高揚感です」
 独立前、兼子大輔シェフは考えた。
 すばらしい料理でもお客の入らない店がある一方、料理が特別すごいわけでも、立地や価格に利があるわけでもないのに、いつも満席の店がある。
 違いは何か。

 あるトラットリアで気がついた。
 その店はシェフの目指す地点が明確で、そこに向かって立地、料理、価格、建物やスタッフの雰囲気など、すべてがはみ出すことなく一本のライン上に並んでいる。
「いろんなことが一定の方向に回り始めると、エネルギーが生まれる。
お客さんはそこに惹き付けられるんだなと」

 まずは目指す地点=店を設定する。
 この時、多くは「自分のやりたいこと」を思い描くか、逆に「お客が必要としていること」を考えるだろう。
 しかし兼子シェフは、そのどちらでもなかった。
「店を出すからには、自分が一番になれる土俵で勝負する。
土俵を見つけるには、自分を掘り下げる作業が必要です」

 自己分析によると、彼は論理の人。
 料理も即興は性に合わず、ほぼ仕込みで調えておく。修業時代から曖昧が嫌いで、分量の多い少ないを感覚で注意されることに納得がいかなかった。
 人の感覚はブレる。
 それよりグラムという数字や完璧なレシピで示せれば、スタッフが余計なストレスを感じずに済むと考える。

「もちろんそれがすべてじゃなく、論理は8割。
心に響くのは残りの2割です」
 それでも8割を全員が共有できれば、ひとりの感覚に頼る仕事が少なくなる。
 つまり作業を分担して量が仕込める。席を回転させ、結果、価格を下げられる。
「安くできるのもひとつの技術。8000円でおいしい店はあるけど、5000円はなかなかない。僕は、その環境とシステムを作ってやろうと思いました」

 大阪「ラ・ベカス」や東京「コート・ドール」、フランスでも土台を築き、磨いてきた彼のフランス料理を税込み5400円で実現する。
 この地点に向かって、的確な要素を選んでいくと「ラス」になった。
「シェアではおいしさがフルに伝わらない」とアラカルトなし。
「コースに段階をつけると力が分散する」と1本に絞る。
 コース内容は2週間固定。なぜなら「牛肉100キロ」などの大量仕入れなら、値段交渉ができるから。

 お客は2週間以内に再訪すれば同じ料理、というリスクを負うが確率は低い。それよりも、クオリティと価格のギャップに特化して、余分をばっさり削ぎ落とす。
「腹をくくったもん勝ちだと。くくりきれずいろいろ用意してしまうと、明確なメッセージが伝わらないと思う」

 2012年2月、「ラス」は青山の骨董通りに開店した。
 だが、より強い店に体制を整えるなら「勢いのあるうちに」と、1年9カ月で南青山へ移転。同時に、ワインと料理のベストマリアージュに特化した「コルク」も併設。
「コルク」では、ワインを存分に楽しむための料理がすでに用意されている。ソムリエ田辺公一さんがワインと響き合う食材を選び、シェフに課す。
 シェフはその断片から料理を発想する。
 コンクール経験で精度を鍛えてきたソムリエと、与えられたテーマで形にできるシェフ、彼ら二人を掘り下げた店である。

 それにしても、攻めが早い。
「昔とは時代のスピード感が違う。10年後を見据えると、10年生き残れません」
 今の東京では。
 そう兼子シェフは付け加えた。時代が早回しのように変化し、人も店も蠢(うごめ)くこの東京で、自分の店はどこで勝負し、誰を集めるのか。
「選ばれる店になる」ために、彼は絞って削いで、より強烈なメッセージを発信する。


●2022年2月6日に10周年を迎えた「L'AS」の軌跡は、発売中のdancyu2022年3月号「東京で十年。」でお読みいただけます。

L'AS(ラス)
東京都港区南青山4-16-3 南青山コトリビル 1F
☎080-3310-4058


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