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歌い手の成熟を堪能する〜【Concert】嘉目真木子 トッパンホール〈エスポワールシリーズ12〉Vol.2ーその国に生きて

 実は嘉目真木子のことは、二期会研修所を修了した時から聴いてきている(研修所出たての頃に、私が関わっていたイベントに出演してもらったことがあるのだ)。容姿も声も美しく、正統的なソプラノとして二期会も期待をかけていたデビューのパミーナも聴いた。その後、フィレンツェに留学して帰ってきてからすぐに歌った宮本亜門演出でのパミーナ。インタビューも数回しており、「歌以外に趣味がない」というくらいに真面目で真っ直ぐなキャラクターもよく知っている。だから、彼女がオペラの舞台で大きな役をどんどん射止めていくのを喜ばしく思うと同時に、ある時期伸び悩んでいるように思えた時には少し心配でもあった。本人が「壁」を感じていたのかはわからない。もしかしたらまったく見当違いだったのかもしれないが、少なくとも聴き手である私には、嘉目真木子という歌手が本当の意味での「正統的なソプラノ」になるにはもうひとつステップを上がる必要があるのではないか、と感じていたということだ。

 そんな(勝手な)思いが払拭されたのは、昨年11月に日生劇場で行われた二期会公演『メリー・ウィドー』のハンナを聴いた時だ。声の硬さが取れて柔らかく伸びている。何よりその演技力に心を奪われた。この時私は、「嘉目はこの役で何かひとつ大きな山を越えた感じがする。次に演じる役に注目したい」と書いた。そして聴いた今回のコンサート。オペラではないが、「ハンナの次」という期待を裏切らない、素晴らしい演奏だった。

 これはトッパンホール〈エスポワールシリーズ〉の公演で、嘉目としては2回目の登場になる。1回目は2019年4月に行われ、日本歌曲をテーマにしていた。今回は「その国に生きて」と題し、イタリア(ベッリーニ)、フランス(ラロ)、イギリス(クィルター)、チェコ(マルティヌー)、スペイン(オブラドルス)、ノルウェー(グリーグ)、ポーランド(シマノフスキ)、ロシア(チャイコフスキー)という各国の「歌」を歌う企画。それぞれの言葉を習得するだけでもたいへんな努力が必要であり、確かに言語的には今ひとつというものもないではなかったが、発声のコントロールはよく効いており、言葉のひとつひとつがしっかりときこえてくる。声は響きの重心が下がり、その分空間的な広がりが増してホール全体を包み込むような力があった。唯一譜面台を置いて歌ったシマノフスキが、深い精神性と言葉の響きの品格という点で全体の白眉だったと、個人的には思う。

 さて、シリーズ前回と同様ピアノは北村朋幹だが、これがものすごい演奏だった。単なる「歌の伴奏」という範疇を越え、高い技術と芸術性をこれでもかとみせつける。すごいピアニストがいたものだと感心したのだが、ひとつ疑問があるとすると「このピアノで良いのか」ということ。別に「ピアノはあくまでも歌の伴奏として控えているべき」といいたいのではない。実際、優れたピアニストを得て歌が何倍、何十倍にも光り輝くという演奏は幾度もみている。だがその場合の「優れたピアニスト」というのは、あくまでも歌い手の描きたい音楽の世界をピアノという楽器でサポートし、さらにそこに新たな層を重ねていくような演奏をする人のことだと思う。今回の演奏ではしばしば、まずピアノが描きたい世界があり、そこに歌が乗っかっているような、つまりある種の逆転が起きているように感じられる場面があった。もちろん「ピアノと歌のデュオ」だと考えれば、届けられた音楽のレベルの高さからいっても大成功なのだろうが、個人的には少しだけ腑に落ちない気持ちになった。

 とはいえ、演奏会自体の満足度は非常に高い。何より、嘉目真木子という「歌い手」の「成熟」を堪能できた。シリーズの次回も楽しみにしたい。

2021年3月13日、トッパンホール。

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